• TOP
  • 芸能
  • 島田紳助 若き日の“未来年表”では大橋巨泉を目指していた

芸能

2011.08.25 16:00  週刊ポスト

島田紳助 若き日の“未来年表”では大橋巨泉を目指していた

 8月23日、暴力団関係者との親密交際を認め、芸能界引退を発表した島田紳助さん。不動産投資や飲食店のプロデュースなど幅広い副業でも知られるが、島田さんが意識してきたのは、50代で芸能界をセミリタイアした大橋巨泉さんだったという。(週刊ポスト2004年5月28日号より)

 * * *
 紳助は、多くの飲食店を手掛け、次々と成功を収めている。しかし、副業を思い立ったのは、昨日、今日の話ではない。デビュー直後、若手漫才師として人気絶頂の頃から、ビジネス計画を練っていたという。明かしたのは、かつての相方、松本竜助だ。

「24~25歳の頃から、紳助はノートに“未来年表”をつけとったわ。30代にはこれをする、40代ではこうなっていると細かく具体的に書いていた。(大橋)巨泉さんの名前も書いとったな。ああいうふうに成功するためには、どういう番組をやって、こういう立場を築く必要があるとか、そりゃァ徹底して研究してた。

 その頃から、それこそ巨泉さんのように、テレビに頼らなくても食っていける方法、事業計画も立てておった。紳助はテレビでは豪快な男のように振る舞ってるけど、ほんまは繊細で計算ができる男やで」

関連記事

トピックス