過去の雑誌記事アーカイブ一覧

転落死した藤圭子さん「家族から孤立していた」との証言も
転落死した藤圭子さん「家族から孤立していた」との証言も
 22日朝、東京・新宿区の高層マンション前の路上で頭を強く打った状態で亡くなっているのが発見された歌手の藤圭子さん(享年62)。飛び降り自殺とみられ調べが進んでいるが、遺書は見つかっておらず、詳しい経緯はまだ不明。藤さんは、過去には、米ニューヨークのJFK国際空港で、現金42万ドルの大金を押収されたことも。当時、元夫で音楽プロデューサーの宇多田照實氏(65才)やひとり娘の宇多田ヒカル(30才)への不信感を語っていたという。(女性セブン2006年11月2日号より) * * * ニューヨークのJFK国際空港で押収された現金が約42万ドル、日本円にしておよそ5000万円(当時)。藤圭子はそれを手荷物に入れて持ち歩いていた。事件が発覚してから3週間以上たったが、藤はこの不可解事件について、自分の口ではいまだにきちんとした説明をしていない。 実はそんな彼女が、事件後の10月初旬にひっそりと日本に帰国していた。彼女に会った知人のひとりがこう語る。「今回の件に関して、藤さんは“JFKの職員はおかしい。私は世界各国を大量の現金を持って回っているけれども、どこの空港でもこんな目にあったことはない”といっていましたね」 そんな藤の憤りの一方で今回の事件では、押収品の中に他人名義の小切手も一緒に含まれていたことが明らかになっている。その名義人は、以前藤のアシスタントを務めていたというA氏。ニューヨークの捜査関係者がいう。「彼は2005年に藤とオーストラリアに旅行に行った際、多額の現金を所持していたため、通貨法違反で現地当局に逮捕されているんです」 藤にとっては、現金をめぐるトラブルは今回の件が初めてというわけではなかったようなのである。それはともかく前出の藤の知人によれば今回の事件に関して、藤が強く訴えたのは家族への不信だったという。「藤さんは“今回の件はすべて家族のせいだ”というんです。“旦那も冷たいし、家族とも疎遠になって、ほとんど一緒にいない。寂しいし、ほかにもいろいろあって人間不信になっている。だから現金を持って、好きなギャンブルをして歩いている”と、切々と訴えるんですよ」 ギャンブル放浪の日々、その原因は家族という藤。また、今回の来日時に藤に会った芸能関係者は、崩壊のきっかけについてこう聞いたという。「娘のヒカルが4年前に紀里谷さん(紀里谷和明氏・写真家、映画監督)と結婚するときに、ヒカルの個人事務所の役員を外れてほしいと家族に迫られたそうなんです。結局、役員は外れなかったそうですが、“家族からそんなこといわれると思わなかった。それから人間が信じられなくなった”といっていました」 つまり、“断絶”は宇多田ヒカルが結婚した4年前から始まっていたというのだ。そして藤はその娘・ヒカルについて、感情を抑えきれない様子でこう続けたという。「ときには少し涙ぐむ様子で“ヒカルは冷たい”と何度も何度もいっていました。家族からもう完全に孤立しているという感じでした」(前出・芸能関係者) かつては仲の良いおしどり親子といわれた藤と宇多田。1998年、宇多田が15才で天才シンガーとして大ブレイクしたとき、藤はこう語っている。≪最近は宇多田ヒカルの母親といわれています。それがすごくうれしいんです≫ 藤の恩師で作詩・作曲家の石坂まさを氏はこういう。「デビュー直前のことです。『ヒカルは天才だから、歌を聞いてくれ』っていうんで、青山のホテルで純ちゃん(藤圭子の本名)とヒカルくんに会ったんだよ。ほんとにふたりは仲が良くて、純ちゃんは常々、ヒカルくんのことを『天才だ、天才だ』といっていたんだけどねえ…」 夫とも別居しているという藤は娘をとても頼りにしていたようだ。それだけに娘との距離ができてしまったことがこたえているのだろう。「藤さんは“いまは現金がいちばん信用できる。家族が冷たいから現金を持ってギャンブルに歩くのよ”と寂しそうに何度も話していました」(前出・芸能関係者)
2013.08.22 17:38
NEWSポストセブン
森光子さん 晩年にもステーキ100g食べスクワット1日150回
森光子さん 晩年にもステーキ100g食べスクワット1日150回
 舞台『放浪記』をはじめ、舞台やテレビで活躍した女優の森光子さんが10日、肺炎による心不全のため都内の病院で亡くなった。92才だった。ライフワークとなった『放浪記』がスタートしたのは1961年。それから48年もの間公演は続き、89才の誕生日となる2009年5月9日には、前人未到の上演2000回を達成した。晩年まで、元気な姿を舞台で見せ続けていた森さん。その健康の秘密は何だったのだろうか。(女性セブン2009年6月11日号より) * * * 森光子(89才)は『放浪記』で2000回もの公演を行ったのは世界でも稀で、まさに金字塔といえる。それにしても、舞台をところ狭しと駆け回る森の姿はなんとも若々しい。女性たちからは「森さんの年齢になって自分も同じように元気でいられるだろうか」との声が聞こえてくる。 森を応援しているNPO法人「JEAO」の代表、広瀬隆一さんは、2008年にトークショーをプロデュースし、全国を一緒に周り、その元気さに驚いた一人。「舞台を続けるために健康でいる、という目的があるので、気持ちが違う。ホテルの部屋ではスクワットをし、スタッフの誰より元気でした。ギャグやジョークも飛ばし機転もききますから……」 そんな森の健康と若さの秘訣はどこにあるのか。交流のある人に聞いてみた。2007年に舞台『雪まろげ』で再共演した山田まりや(29才)は、当時何度も食事をした仲。「森さんはお肉が好きで、サーロインでもヒレでも100g近いステーキもペロリと食べちゃう。私なんか、森さんのやっと半分の量。お肉がパワーの源なのかもしれません」 ただ、肉好きとはいえ、基本的には野菜中心の多品目少量の食事を心がけている。お酒は飲まない。スイーツは和洋とも好きで『放浪記』の出演者が集まる朝のお茶会には欠かせないアイテム。お茶と甘いものでリラックスして、舞台に臨むのだという。 そして、森が大リーガーのトレーニングやボディーケアを担当している「メジャー・トレーナーズ」の門を叩いたのは、1992年。森が72才のときだった。代表の川島英夫さんが話す。「ちょうど足を怪我されたときで、“長く舞台をしたい”といわれたので、“怪我をしないための体づくりをしては…”とおすすめしました。実年齢よりは20才は若い印象で、関節の動きも滑らかで、動きにも切れがありました」 体年齢に基づいて、担当の河野智和さんが森に提案した運動メニューは15~20種。筋力を上げて、バランスをよくし、動きを保つために行うトレーニングだった。 森は、平均すると月に3回、集中するときは、週に2・3回のトレーニングに通う89才のアスリートだ。河野さんは「いまでも、90才を目前にした人の体ではない」と太鼓判を押す。これまでは、バランスボールやエアロバイクを使ったトレーニングをしてきた。「エアロバイクは、血液循環がよくなって、疲労物質が流され、回復力が高まるので、体にはとてもいいのです。でも最近は、こちらからはオーダーはしていません。加齢のこともありますが、森さん自身のペースができているので、自分の体の声を聞きながら、メニューを自由に選んでやってもらうのが自然なのです」(河野さん)  森は朝起きてスクワット75回、夜寝る前に75回、計1日150回は欠かさない。多いときには、200回も。スクワットといってもハードではなく年齢に見合ったものだ。膝の屈伸のようにも見えるが、膝が前に出すぎないようにコツを心得ているという。
2012.11.14 22:00
女性セブン
地井武男さん「人生少ないから助けて」と再婚時語っていた
地井武男さん「人生少ないから助けて」と再婚時語っていた
 29日朝、心不全のため都内の病院で亡くなった地井武男さん(享年70)。今年5月に終了した『ちい散歩』(テレビ朝日系)は、2006年にスタートして以来、根強い人気を誇った。ドラマ『北の国から』などでは俳優として活躍、バラエティー番組では明るいキャラクターで人気だった。プライベートでは、2001年に愛妻をがんで亡くしたが、亡き妻の助言にしたがい、2004年に12才年下の元モデルA子さんと再婚した。以下は当時の記事から、地井さんの温かい人柄がわかる再婚時のエピソードだ。(女性セブン2004年2月26日号より) * * *「私が死んだら、ねぇ、あなた、若くていい人、見つけるのよ」 病床の妻は夫にそういうのが口ぐせだった。「そのときは、“冗談やめろよ”って怒ったけど、いまになって、あれは(彼女の)本音だったんだと思えるようになりました」 12才年下の元モデル・A子さんとの入籍を発表した地井武男は、いまは亡き妻との秘話をこう吐露した。 乳がんを患い、8年間の闘病の果てに前妻・佐和子さん(享年61)が死去したのは、2001年6月のこと。26年も連れ添った最愛の妻の死に、地井は打ちひしがれた。 それから2年8か月――前妻の“遺言”に応えるかのように、素敵な伴侶を見つけた。「昨年の夏ごろから、ときどき仕事の現場に彼女が一緒に来るようになって、“新しいマネジャーかな”という話だったんです。すごく若く見えるし、背は高くてスレンダーな女性ですよ」(テレビ局関係者) ふたりの出会いは、10年ほど前。沖縄観光PRのCMで、夫婦役で共演したのがきっかけだった。そして妻の死で傷心の地井のもとに、一昨年の暮れ、A子さんから“励ましの手紙”が届いた。ふたりは再会し、交際がスタート。「この先、ひとりでは大変」と実感していた地井は、前妻の三回忌をすませた昨年の夏にプロポーズする。「これまで60代になって再婚するかたをすごいなぁと思ってましたけど、この年になって、人を好きになったりするもんなんだね。プロポーズ…いやぁ、残りの(人生の)年月少ないから“ついて来い”なんていえませんよ。“助けてください”っていっちゃったよ」 さしずめ“救婚、実る”というところだが、地井には前妻・佐和子さんとの間に、長女があり、A子さんにも24才の息子がいる再婚同士。「ここ最近、玄関先のお花が手入れされるようになったので、“あらっ、もしかして”と思ってたとこなんですよ。奥さんに先立たれてから、地井さん、それはかわいそうでね。奥さんの話をすると、すぐに涙ポロポロで、近所でもみんな、心配してたんですよ。よかったですねぇ、もう心から祝福しますよ」(近所の住人)
2012.06.29 16:30
NEWSポストセブン
故寛仁親王「皇室会見は質問も答えも決まってて面白くない」
故寛仁親王「皇室会見は質問も答えも決まってて面白くない」
「ヒゲの殿下」「スポーツの宮様」と親しまれた、三笠宮家の寛仁(ともひと)親王殿下が6日亡くなられた。享年66だった。生前、寛仁殿下は、「開かれた皇室」という言葉に違和感を持っており、自身の意見をこう語っていた。(週刊ポスト2008年2月1日号より) * * * 天皇皇后両陛下は特別でいらっしゃるから、共同記者会見でメディアと意見交換なさり、それが国民に伝播していく事はいいと思いますし、地方事情御視察の折に親しく国民一人一人と会われて会話されるのも素晴らしい事ですよね。でも東宮両殿下や、少なくとも内廷外皇族は、記者会見などはやめて、個別に取材をお受けになるべきだと私は思います。 記者会見は、もう事前に質問項目が殆ど出て答えもある程度決まっているわけでしょう。そうだとしたら全然面白くない事ですよね。それよりはざっくばらんに話をして、それをテープ起こししてもらったものに、少し過激な発言だからトーンを下げましょうとか、ここは落としましょうとか、お互いに納得の上でやったほうがわかりやすいと思う。 各宮様方が個別に質問を受けられるようになれば、国民の方も、「あっ、あの宮様はこういうことをしていらっしゃるのか!」とか「この宮様はオックスフォードで寛仁親王の後輩で、こんなご意見をお持ちなんだ!」とかいうように、より身近な存在になると思いますね!「皇室外交」という言葉も成り立ちません。どうしてかというと、外交というのは政治ですから。皇室は政治にタッチしてはいけないと、皇室典範に厳然と決められているわけです。国際親善ならば成立するけれども、「皇室外交」という言葉はあってはいけないはずです。 よくメディアは、皇室を英国王室と比較しますが、これも悪い癖です。皇室と他国の王室では成立の過程から、現在の行動範囲、或いは発言の内容等々、すべてがまるっきり異質ですから、「英国の王室をまねたほうがいい」なんていうのは大間違いなのです。
2012.06.07 16:00
週刊ポスト
“ヒゲの殿下”晩年は「便器で顎打ち喋り方おかしくなった」
“ヒゲの殿下”晩年は「便器で顎打ち喋り方おかしくなった」
「ヒゲの殿下」「スポーツの宮様」と親しまれた、三笠宮家の寛仁(ともひと)親王殿下が6日亡くなられた。66歳だった。21年間にわたってがんと闘病し続け16度の手術を受けた他、アルコール依存症で入院するなど、晩年は健康面での苦労も多かった。殿下は自身の闘病生活について、こう語っていた。(週刊ポスト2008年1月18日号より) * * * 8回目の手術(2006年)でただでさえ体力が落ちているところに顎関節を骨折したために、食べる量が著しく限定されて、17kgも体重が落ちてしまいました。 8回メスが入るというのは大変なことで、私の思っていたようには、なかなか体力は戻ってきません。私の想像外でした。今までは手術していったん体力が落ちても、トレーニングをして努力すれば8分目ぐらいに戻っていたんですね。でも8回目の後はもう完全に体力がガクッと落ちたような状態になってしまいました。 それに加えて、滑って便器で顎を打ちました。膝をつかないで直接当たり、血まみれになりました。いまだにしゃべり方がおかしいのはそのためです。65kgあった体重が48kgまで落ちて、今、何とか11kg戻して、59kgになりました。 私のように体育会出身者は、何かしら身体を動かさないと一日の気分が悪いというのがあるんですよ。身体を動かす時間を2時間ぐらいは欲しいなと思いますが、なかなかそれがとれない。だから今は体重が戻るまで、できるだけ外出しないようにしています。
2012.06.07 07:00
週刊ポスト
故寛仁親王「女性宮家創立考えた事ない」「伝統は意味がある」
故寛仁親王「女性宮家創立考えた事ない」「伝統は意味がある」
「ヒゲの殿下」「スポーツの宮様」と親しまれた、三笠宮家の寛仁(ともひと)親王殿下が6日亡くなられた。66歳だった。2005年頃には皇室典範改正問題が世間を賑わせたが、2008年当時、寛仁殿下は自身の意見をこう述べていた。(週刊ポスト2008年1月25日号より) * * * 有識者会議の答申には、現職の女性皇族を宮家として残すという趣旨が書いてありました。あの法案は一度つぶれたと理解していますけれども、あの時点で年齢的に、一番対象になる可能性が高かったのはうちの子供達だったわけです。 私は娘達が結婚したら民間人になるという前提で育ててきました。彼女達も早く名字を持ちたい、と小さいときから言っていましたよ。上は26、下は24になりました。あと、2~3年で、どこかの男にかすめ取られるだろうから、女性宮家創立は考えた事はありませんし、万世一系の我が国の伝統に女性宮家創立は馴染みません。 天皇は一度の例外もなく男系の血筋によって受け継がれてきました。歴代の天皇は、父親をたどると必ず天皇に繋がっていたわけです。伝統は必ず意味があるから残っているのであって、意味のない伝統ならとっくになくなっているはずです。 もちろん今のままの皇室典範を維持していくのは難しいから改定は必要です。細かいことは学者・法律の専門家等広く人材を集めて、具体的に詰めなくてはいけないけれど、男系を維持するには、旧皇族さんにお戻りいただくことが必要です。
2012.06.06 18:40
週刊ポスト
ヒゲの殿下が“人格否定発言”で東宮様へ送ったお手紙の中身
ヒゲの殿下が“人格否定発言”で東宮様へ送ったお手紙の中身
「ヒゲの殿下」「スポーツの宮様」と親しまれた、三笠宮家の寛仁(ともひと)親王殿下が6日亡くなられた。享年66だった。2004年に皇太子殿下が「人格否定発言」(※注)で注目を集めた直後には、皇太子殿下に長文の手紙を送られたことを明かしているが、それはどんな内容だったのか。寛仁殿下はこう語っていた。(週刊ポスト2008年1月18日号より) * * * ごく当たり前のことですよ。私だったらこうするという解決策を1万3000字位の手紙に書いたのです。例えば、よく言われるように、外国旅行に行きたかったとか、お世継ぎのことばかり言われたとか、もしそんなことを人格否定とおっしゃるのなら、私のほうから文句を言いに行きますね。 まずお世継ぎが大事で、国際親善は二の次でしょう。それからもし本当に誹謗中傷があったなら、言った人のところにやはり文句を言いに行きますよ。それが誰にもご相談がないんだから。 本来そのようなことは家庭内で処理すべき問題であって、記者会見で言うべきことではないでしょう。結局何が本当の理由か、いまだに分かっていない。答えの出てこないことを皇族が言うべきでなくて、解決策は幾らでもあったはずなんです。そのことをアドヴァイスしました。 他の皇族にそれを言いたくないとおっしゃるのなら、ご両親ご兄弟ともあれだけ仲よくしていらっしゃるのだから、家庭内で議論を繰り返されるべきです。ただ、周りに聞くとご兄弟間で日常的に議論というものが無いらしいですね。これはまずいと思います。 まずご夫婦をはじめ身内にご相談なり、それでも埒があかないなら、私みたいにどこにでも人脈がある人間に相談していただければ、幾らでも解決方法はあるわけです。私にご相談があれば、人格を否定した人物を呼んで「何てことをやったんだ、ばかやろう!」と言って、それで終わっていたはず。そういうことを、何もなさってないですよね。【※注】人格否定発言/2004年5月10日、皇太子殿下は、欧州歴訪前の会見で「雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあったことは事実です」と発言。国民の注目を集めた。
2012.06.06 18:40
週刊ポスト
尾崎紀世彦さん 「元気がなければ尾崎紀世彦の歌ではない」
尾崎紀世彦さん 「元気がなければ尾崎紀世彦の歌ではない」
 5月31日、『また逢う日まで』のヒット曲で知られる歌手の尾崎紀世彦さん(69)が肝臓がんのため都内の病院で亡くなっていたことが6月1日に分かった。尾崎さんは54歳の時、胆のう炎のため入院・手術していた過去がある。(女性セブン1997年4月24日号より)  * * * 胆のう炎のため都内の病院に入院している尾崎紀世彦(54才)。オフで静養中の先月12日、腹部に激痛を訴えて入院した際に胆石が見つかったもので、4月1日に手術を受け、快方に向かっている。 胆のう炎とは、胆石が胆道につまって炎症を起こすもので、とくに40代以上の年齢層に多い病気。胆石自体は4人に1人くらいはもっていて、胆石ができる特別な原因はないのだという。「小さな胆石なら問題はないのですが、アズキ大(3~4ミリ)の大きさになると、胆のうから胆道に行くところでひっかかり、胆のうの粘着状の壁を刺激するため、右腹のアバラ骨の下あたりに激痛が走ります。その後、炎症を起こし、39度以上の高熱が出ます。熱は、2~3日から、ひどくなると1週間続くこともあります」(日大名誉教授・大島研三さん=内科学) ただし、胆石をとる手術を受け、しばらく安静にしていれば大丈夫だそうで、尾崎の場合も大事にはいたらなかったようだ。だが、「元気がなければ紀世彦の歌ではない」(所属事務所)と、3日に横浜アリーナで開催されたイベントへの出演をキャンセル。退院は1週間後くらいになる。 たしかに、かよわい声の『また逢う日まで』なんて尾崎らしくない。早く元気になって、パワーあふれる歌を聴かせてもらいたい。
2012.06.01 18:40
女性セブン
山口美江さん 芸能界引退後は「何十倍もの充実感」味わった
山口美江さん 芸能界引退後は「何十倍もの充実感」味わった
 9日、「元祖バイリンギャル」と呼ばれた元タレントの山口美江さんが心不全のため亡くなったことが分かった。51歳だった。山口さんは『CNNヘッドライン』(テレビ朝日系)といった報道番組から、『タモリのボキャブラ天国』(フジテレビ系)などのお笑い番組にも出演するなど幅広く活躍したが、1995年以降芸能活動は事実上停止していた。彼女は何を考え、芸能界から身を引いたのか。以下、2001年に行われた山口さんのインタビュー内容だ。(週刊ポスト2001年5月18日号より) * * * 私が事実上、芸能界を引退して、もう6年になります。最近は年に数回テレビに出てますけど、決して復帰したわけじゃないんです。都合のいい話かもしれませんが、あくまで、私が横浜中華街でやっている輸入雑貨店の宣伝のため。「もったいないよ、もう一度芸能界でやったら?」とすすめてくれる人もいますけど、もう、絶対イヤですね。 芸能界には非常識きわまりないハイエナのような男たちがうようよいる。本当、信じられないですよ。エジキになっている若い女性タレントは枚挙にいとまがないくらい。彼らの仮面の奥の「本当の顔」には虫酸が走るくらいでした。 私は16歳から24歳まで父親の同級生の息子と付き合っていました。その後は男性経験がないわけじゃないんですけど、真剣にお付き合いした男性っていないんです。芸能界にいた時も「遊びでいいんだよ、フランクに付き合えば」とかいわれましたけど、たとえ、潔癖症といわれようとも、そういう付き合い方は嫌なんですよね。 とにかく、男の人でも女の人でも、礼をわきまえ、きちんとしてる人じゃないと「許せない!」って思っちゃうんです。そりゃ、私自身も結構、ズバズバ発言したりして、他人を嫌な思いにさせたこともあると思います。 ですが、礼儀だけはきちんとしていたつもりです。ところが、芸能界ってそんな普通のことができない人が多すぎる。女性タレントだって、非常識な人が多い。大御所といわれる方だって同じ。特にお母さん役をやらせれば日本一といわれた大女優のAさんには驚きました。 以前、たけしさんの番組で、Aさんとご一緒したことがありました。Aさん、たけしさんの質問には答えても、私の問いかけには一切無視。30分間無視され続けました。番組スタッフは慌てちゃって、編集にもすごく苦労したようです。Aさん、テレビ画面ではすごく優しそうなのに、裏表がある。私が格下のタレントだからと見下したのかもしれません。 ワイドショーのご意見番的存在として人気のBさんも、サバサバしたイメージで好印象を持ってたんですけど、去年、特番で会い「初めまして、山口です!」って挨拶したら、一瞥しただけで完全に無視。 そのくせ、収録が始まると、とたんにニッコリですから。二重人格としかいいようがありません。ある意味、裏表がないと通用しないのかもしれないんですけどね。 もちろん、芸能界にもいい方や真面目な方もいっぱいいます。ですが、私にはそういう方たちより人間的に許せない人たちの方が周囲に多かった。激やせだ、激太りだ、あげくに自殺未遂だなんてデタラメなことまでいわれて、あまりのことにバカらしくて芸能界を引退したわけですけど、芸能界で唯一学んだことといえば、唯一、お金も男も、量より質だっていうこと。 今はささやかな収入だし、男性にチヤホヤされることもないですけど、芸能界にいた時の何十倍もの充実感を味わっています。ええ、あんな芸能界には死んでも戻りません。
2012.03.09 20:50
NEWSポストセブン
山口美江さん 「シバ漬け食べたい!」CM撮影で米5合食べた
山口美江さん 「シバ漬け食べたい!」CM撮影で米5合食べた
 かつて「シバ漬け食べたい!」のCM(フジッコ「漬物百選」)などで話題となった元タレントの山口美江さん。9日に心不全のため亡くなったことが分かったが生前、同CMにまつわるエピソードを脚本家のジェームス三木氏(76)に語っていた。以下は26歳だった山口さんとジェームス氏の対談だ。(週刊ポスト1988年7月1日号より)ジェームス:私は美人が苦労したという話は好きでしてね。何か苦労はありますか。山口:シバ漬けのCMは大変なものだったんですよ。とにかく御飯を五合も食べた。ジェームス:全部食べたの?山口:ええ、全部。で、撮影終わったら“山口さん、お食事とってあります、カツ丼ですよ”っていわれたときは、もう……(笑い)ジェームス:脚本家としていえば、あの“シバ漬け食べたい”という台詞がいいのは、性格と感情がちゃんと出ているからですよ。山口さんの人間の奥が見えるって感じがするのね。だからとてもいいんです。これは役者として一番大切なことなんです。台詞は性格と感情を持ってなきゃいけないってこと。山口:最近ドラマに挑戦しましたけど、苦労しました。自然な動きをやるっていうの、難しいですね。 ジェームス:ドラマで一番難しいのはまっすぐに歩くことなんですよ。山口:わかります、よくわかる。ジェームス:アドバイスしておくとすれば、お客さんが何故ドラマを見るかっていうと、人の取り乱してるところを見たいからなんですよ。だから、女優さんというのは取り乱さなきゃだめなのね。この人は今こうしてるけど、内面はどう取り乱しているかとか、この後どう取り乱すかってところを見たいんですよ。山口:それは気持ちがハイになっている状態のことですか?ジェームス:そうですね。ドラマって本来そうなんですよ。普通の状態を見ても退屈なんだから。だから、女優は取り乱す練習をすればいい。取り乱した方が勝ちですよ。山口:そうですか。女優ってむずかしい。ジェームス:でも、女優とキャスターを比べると全く逆ですね。女優は取り乱さなきゃいけない。キャスターは絶対取り乱しちゃいけない。両方やれたら素晴らしいね。あの、山口さんの持ってる劣等感って何ですか。これ、この対談シリーズで毎回聞こうと思ってるんですが、美女にどんな劣等感があるのかってのを探ってみたい。山口:最初に浮かぶのは、日本人でありながらアメリカンスクールで育ったバタ臭さ、かな。日本人でもなく欧米人でもないって感覚的な部分でしょうか。ジェームス:何か国語も喋れるということは、全部完璧じゃなくなるってことも聞きますしね。山口:インターナショナルスクールだとそういう人は多いんですよ。英語も日本語も中途半端になってしまって。それで、たとえば日本史も英語で習ったんですね。外国人の先生に。ですから、日本文化というものに対して異常なくらいの憧れがあるんですよ。
2012.03.09 20:50
NEWSポストセブン
杉原輝雄氏 最近のプロゴルファーに「手抜き」と諫言していた
杉原輝雄氏 最近のプロゴルファーに「手抜き」と諫言していた
前立腺がんのため74歳で死去したプロゴルファーの杉原輝雄氏は、グリーンに立つ自分こそが全てだった。1997年12月に前立腺がんが発覚し、2008年4月にはリンパ節に転移。それでもプレーに影響が及ぶ手術を避けてきた。そして、再び病魔は襲いかかる。リンパから肺への転移が確認されたのだ。杉原氏は、『週刊ポスト』に、その時の胸中を明かしている。そこで語られたのは、最近のゴルフ界への厳しい評価だった……。以下、杉原氏の言葉だ。(週刊ポスト2010年11月26日・12月3日号より)* * * 最近のゴルフ界は、どうもプレーが冷めて見えるね。調子が悪いと、どの選手も潔く諦めてしまうとでもいえばええんかな。カネ稼ぐためには、少しでも順位をあげなあかんのに。正直な話、プロゴルファーという職業は、手を抜きやすいんです。テレビで放映されているから、真剣にクラブ振ってるフリをせなあかんけど内心はスコアが悪いと“早くこの試合終わりたいな”と思う奴もいる。少しでも成績をあげるのが正しきプロの姿ですけど果たして現在のゴルフ界にそうした矜持を持ってプレーしている選手は何人いるか。トーナメント中継でテレビ観戦しているとよく考えてしまいます。
2011.12.28 17:52
週刊ポスト
杉原輝雄氏 自分の口から「引退」の言葉を口にしたくなかった
杉原輝雄氏 自分の口から「引退」の言葉を口にしたくなかった
前立腺がんのため74歳で死去したプロゴルファーの杉原輝雄氏は、グリーンに立つ自分こそが全てだった。1997年12月に前立腺がんが発覚し、2008年4月にはリンパ節に転移。それでもプレーに影響が及ぶ手術を避けてきた。そして、再び病魔は襲いかかる。リンパから肺への転移が確認されたのだ。杉原氏は、『週刊ポスト』にその時の胸中を明かしている。以下、杉原氏の言葉だ。(週刊ポスト2010年11月26日・12月3日号より)* * * 体に良いといわれたものは何でも試した。どくだみの葉は家にあったから1日2、3枚は食べて、鮫の軟骨も服用。毎朝、家内の作る野菜ジュースも飲んだ。それで、がんの数値を示すPSA値が下がって、主治医もこんなケースは稀だから不思議やというてました。自覚症状もなかったし、最初から僕にがんはなかったんやとまで思った。でもね、実際は病を克服したわけでもがんが消えたわけでもなかった。ホルモン注射の効果で、腫瘍が小さくなっただけやったんよ。僕は往生際が悪いですから。よくいえば負けず嫌いやし、悪くいえば諦めが悪い。自分の口から引退という言葉を口にしたくなかった。だけど、今回ばかしは自分が病気を克服して、プレーしている姿を想像できませんわ。グリーンで死なれたらみんなに迷惑がかかってしまうしな。
2011.12.28 17:51
週刊ポスト
立川談志 湾岸戦争で米国、海部元首相らを川柳で皮肉っていた
立川談志 湾岸戦争で米国、海部元首相らを川柳で皮肉っていた
落語家の立川談志さん(75)が、21日に喉頭がんのため死去した。落語だけでなく、テレビタレントとしての活動も行い、1971年には参議院議員に当選するなど、幅広く活躍した。そんな談志さんは毒舌でも知られていたが、1991年、湾岸戦争開始直前、当時の米国大統領であるジョージ・ブッシュ氏や、時の内閣に対し、諦めの境地にも達した川柳を詠み、自らその句を解説していた。(週刊ポスト1991年1月1日号より)* * * 前科者 現行犯に 文句言い――ブッシュ ジャングルは 懲りたが 砂漠はまだ懲りず――ブッシュ 人質を 猪木に託す 情けなさ――内閣 アラブ語は 読めず フセインは なお読めず――海部首相 いい機会(チャンス) いっそやるかと 自衛隊 国連は 国連のために あるところ句の心は、読めば一目瞭然でわかってもらえるでしょう。説明するまでもない。一句目は、これまでさんざっぱら(他国にちょっかい出したり、戦争したり)をやってきた米国なのに、自分のことは棚に上げ、フセインを批難している滑稽さ。二句目のジャングルとはベトナムのこと。三句目は、内閣というより、国民とした方がいいかもしれない。川柳は素直に詠めればいいんだが、一面、パロディでもある。有名な句や詞をパロッて洒落のめすことも必要。その時代、その場だけにしかわからない意味や面白さを、当意即妙にたくさん詠んでいうく中に、古典的名作が出てくるもんだ。その時だけで消えてしまうが、その時のできごとなどを痛烈に批判するのが、川柳の持ち味と心得る。俳風柳多留や西鶴の連句にしろ、芭蕉の連句、俳句にしろ、その時、その場でしか本当の面白さはわからないものだった。その中から、永遠に残っていく作品が生まれている。江戸時代の“座の文学”の伝統を受け継いでいるのが川柳だ。
2011.11.23 22:45
NEWSポストセブン
2才の娘に卑猥な言葉教えた母 親戚の前でその言葉を使われる
2才の娘に卑猥な言葉教えた母 親戚の前でその言葉を使われる
 ちょっとしたイタズラ心が後になって大きな赤っ恥として自分に返ってきては後悔する――そんな話の中でもあまりにアホ過ぎる例を紹介。今回は、言葉を覚え始めた2才の子どもに恥ずかしい言葉を教えた妻にあ然とさせられた1988年の28才妻・F子さんにまつわるエピソードだ。(女性セブン1988年12月1日号より)* * * やっと言葉を覚え始めた2才の娘に、F子さん(28才)は、ふたりきりで過ごす昼間、よく言葉を教える時間をもったが、ある日、ふといたずら気分で、娘の陰部を指しながらこう教えた。「ここ、オ○○コ」 娘はおもしろがって何回も繰り返した。「オ○○コ、オ○○コ」 それからまもなく、夫の実家でお祝いごとがあって、親子3人そろって出かけたが、大勢の人間に囲まれて興奮した娘が、突然、自分の下腹部を押さえ叫びだした。「ここ、オ○○コ、オ○○コ」 満座の笑いの中で、パパとママは赤面した。夫のD夫さん(30才)が腹だたしげに話す。「家に帰って“あんな言葉、どこで覚えたんやろ?”と女房にきいたら、“私が教えたのよ”というでしょ。もう、口あんぐりですよ」
2011.09.28 16:00
女性セブン
22才母 娘の口内炎治そうとタバコの煙を娘の口内に吹き込む
22才母 娘の口内炎治そうとタバコの煙を娘の口内に吹き込む
 当サイトでは時に「バカ夫」を紹介するが、今度は逆に「大ボケ母」を紹介しよう。時代は1980年代。2才の子どもの口内炎治療のために、口の中にたばこの煙を吹き込むというトンデモ母がいた。今では考えられないような例だが、夫も呆れ返りながら妻のドが過ぎる天然ぶりを明かしていた。(女性セブン1988年12月1日号より)* * *「バカな女は多いけど、うちのはまた飛びきりのバカで……」 トラック運転手のKさん(29)は、口は悪いが気はやさしいほうだが、そのKさんもあきれかえったという話だ。ある休日、テレビの前で寝ころがっていたら、隣室で、2才の長女の泣き声がする。「どうしたんだ?」とのぞいてみると、妻のE子さん(22)が、たばこをふかしては、その煙を娘の口に吹き込んでいた。「なにやってるんだ?」というと、「この子、口内炎ができてるの。近所の奥さんから聞いたんだけど、口内炎ができたら、たばこを口にふくんで治す人がいるって。だから、煙を吹き込んでやってるの」「そんなバカな。やめろ!」 といっているうちに、煙攻めにされた娘は、せきこみながら気を失ってしまった。「そのうち、娘を殺すようなヘマをしやしないかと、もう心配で……」とKさんは嘆くばかりだった。
2011.09.27 07:00
女性セブン

トピックス

安倍政権の年金改悪路線を引き継いでいる岸田文雄・首相(時事通信フォト)
岸田政権 アベノミクスの見直し打ち出すも、安倍氏の「年金改悪路線」は継承
週刊ポスト
元TBSアナウンサーの林みなほ(オフィシャルサイトより)
元TBS・林みなほアナ離婚、インスタで匂わせていた「貧乳源一郎」との別れ
NEWSポストセブン
高橋真麻
高橋真麻「おでんの卵8個食べても太らない」女性が憧れる美スタイルの理由
NEWSポストセブン
「タレントパワーランキング」で公表された「F1層(20~34歳女性)に人気のタレントランキング」(2021年11月調査)で堂々の1位を獲得
戸田恵梨香、ファン歓喜の「仕事復帰」 夜の路上で輝いたクールビューティー
NEWSポストセブン
眞子さまの箱根旅行のお姿。耳には目立つイヤリングも(2018年)
小室圭さんの妻・眞子さん 華やかだった4年前の「箱根・女子旅ファッション」
NEWSポストセブン
元TBSの林みなほアナ(写真/時事通信フォト)
元TBS林みなほアナが離婚 TBSラジオ名物プロデューサーとの結婚生活は5年あまりでピリオド
NEWSポストセブン
小泉孝太郎 炎上必至の「古風な結婚感」明かすもバッシングされなかった理由
小泉孝太郎 炎上必至の「古風な結婚感」明かすもバッシングされなかった理由
NEWSポストセブン
米ロサンゼルスで警察官となった日本人女性YURI氏
LAポリス・YURIが7年ぶりに見た日本の姿「防犯意識の低さに驚きました」【前編】
NEWSポストセブン
小室圭さんと眞子さん
小室圭さん妻・眞子さんがNYで行きつけのスーパーから見えてきた“妻の気遣い”「日本でいえば『成城石井』」 
NEWSポストセブン
さとう珠緒が「枕営業」などについて語った(写真は2009年)
さとう珠緒が暴露した枕営業の実態「権力のない人のほうが迫ってくる」
NEWSポストセブン
ご体調への不安が募る(写真/JMPA)
雅子さまと愛子さま、“ポツンと一軒家”の孤独感 閉ざされた御所での巣ごもり生活
女性セブン
結婚し、日本メディアが情報をキャッチしづらいNYで、デイリーメールが追跡取材(写真/JMPA)
小室圭さん・眞子さん夫婦が「離婚で終わったとしても…」英デイリー・メールが報じた「茨の道」
NEWSポストセブン