ライフ

9.11やイラク戦を指揮したラムズフェルド国防長官の回想録

【特別書評】『真珠湾からバグダッドへ ラムズフェルド回想録』(ドナルド・ラムズフェルド著)
【評者】古森義久(産経新聞ワシントン駐在編集特別委員)

 * * *
 男女の権利の平等が徹底して求められる現代アメリカでも「男らしさ」という言葉は完全な死語にはなっていない。「強く、たくましく」とか「危険や衝突や闘争を恐れない」という意味での「男らしさ」という概念はよくも悪くも、まだちゃんと生きている。本書の著者ドナルド・ラムズフェルド氏はまさにその男らしいアメリカ人である。

 自己の信念や思想は断固として曲げない。反対されても「批判されることは働いていることだ」と豪語して、揺らがない。だから敵も多くなる。他方、味方からの支持は熱く、堅い。

 私はこの原書の刊行を記念するセミナーに出たことがある。昨年3月末、ワシントンのハドソン研究所だった。パネルにはダグラス・フェイス元国防次官、ピーター・ペース元米軍統合参謀本部議長、ルイス・リビー元副大統領首席補佐官といった著名人が並んだ。前ブッシュ政権で対テロ、対アフガニスタン、対イラクの各闘争をともに遂行したラムズフェルド氏のかつての同志や部下たちだった。

 定員二百人ほどの会場は超満員で単なる出版記念とは思えない活気と熱気に満ちていた。パネリストも一般参加者もラムズフェルド氏とその回想録に鋭いコメントを浴びせたが、基調は明らかに強い畏敬と連帯の念にみえた。この時点で78歳だった同氏がなお鮮烈に体現するアメリカの価値観への強固な賛同とも映った。リビー氏の言葉が印象に残った。

「ワイオミング州の山中の別荘にいたチェイニー副大統領に緊急に面会する必要が起きました。厳冬の未明、豪雪のなかを単身、二時間も歩き、シークレット・サービスに撃たれそうにまでなって、やっとたどり着いた。あまりの疲れについチェイニー氏に『苦労しました』とこぼすと、即座に『ラムズフェルド氏の下で働いたときの私の苦労には足元にも及ばないと思うよ』と一笑されました」

 国防長官や大統領首席補佐官としてのラムズフェルド氏の異様なほどの勤勉さや厳格さを示すエピソードだった。副大統領までがかつての部下だったという同氏の国政活動の歴史の重さを反映する逸話でもあった。

 八百頁を超える本書はそのラムズフェルド氏の自伝である。シカゴの普通の家庭に生まれた同氏が学生時代に必死に働き、学び、レスリングで五輪候補としてまで活躍し、海軍パイロットを経て下院議員から国政の階段を急上昇していく過程が人間的なタッチで生き生きと描かれる。だが主題はあくまで彼が2001年に国防長官に再任されてからの9.11テロにからむアフガニスタンやイラクでの闘争だといえよう。

 イラクのフセイン政権打倒の軍事作戦はラムズフェルド氏の企図どおり三週間で完結した。フセイン政権軍との闘争だけでも泥沼になると予測した反対派は沈黙させられた。だがその後の展開は米軍増派を必要とするようになり、それに反対したラムズフェルド氏は国防長官を辞任した。

 同氏のイラクなどでの実績はなお歴史の判断を仰ぐこととなろうが、本書では同氏が徹底して追ったアメリカの伝統的な価値観や理念、思想、そして国際的なリーダーシップや責任がもう一つの主題となっている。これら価値観はオバマ大統領のそれとは対照的である。その対比という点でも本書は現代アメリカを理解するうえでの必読書だろう。

 なおラムズフェルド氏は日本にはいつも前向きの言葉を語っていた。日本人記者としての私はレセプションなどで何度も直接に質問を浴びせたが、そのたびに彼は日米同盟の価値を簡潔ながらも熱をこめて強調するのだった。

※週刊ポスト2012年4月20日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《ブログが主な収入源…》女優・遠野なぎこ、レギュラー番組“全滅”で悩んでいた「金銭苦」、1週間前に公表した「診断結果」「薬の処方」
NEWSポストセブン
由莉は愛子さまの自然体の笑顔を引き出していた(2021年11月、東京・千代田区/宮内庁提供)
愛子さま、愛犬「由莉」との別れ 7才から連れ添った“妹のような存在は登校困難時の良きサポート役、セラピー犬として小児病棟でも活動
女性セブン
インフルエンサーのアニー・ナイト(Instagramより)
海外の20代女性インフルエンサー「6時間で583人の男性と関係を持つ」企画で8600万円ゲット…ついに夢のマイホームを購入
NEWSポストセブン
ホストクラブや風俗店、飲食店のネオン看板がひしめく新宿歌舞伎町(イメージ、時事通信フォト)
《「歌舞伎町弁護士」のもとにやって来た相談者は「女風」のセラピスト》3か月でホストを諦めた男性に声を掛けた「紫色の靴を履いた男」
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《自宅から遺体見つかる》遠野なぎこ、近隣住民が明かす「部屋からなんとも言えない臭いが…」ヘルパーの訪問がきっかけで発見
NEWSポストセブン
2014年に結婚した2人(左・時事通信フォト)
《仲間由紀恵「妊活中の不倫報道」乗り越えた8年》双子の母となった妻の手料理に夫・田中哲司は“幸せ太り”、「子どもたちがうるさくてすみません」の家族旅行
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(左/Xより)
《大学時代は自由奔放》学歴詐称疑惑の田久保市長、地元住民が語る素顔「裏表がなくて、ひょうきんな方」「お母さんは『自由気ままな放蕩娘』と…」
NEWSポストセブン
大谷翔平(時事通信)と妊娠中の真美子さん(大谷のInstagramより)
《大谷翔平バースデー》真美子さんの“第一子につきっきり”生活を勇気づけている「強力な味方」、夫妻が迎える「家族の特別な儀式」
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(HP/Xより)
田久保眞紀市長の学歴詐称疑惑 伊東市民から出る怒りと呆れ「高卒だっていい、嘘つかなきゃいいんだよ」「これ以上地元が笑いものにされるのは勘弁」
NEWSポストセブン
東京・新宿のネオン街
《「歌舞伎町弁護士」が見た性風俗店「本番トラブル」の実態》デリヘル嬢はマネジャーに電話をかけ、「むりやり本番をさせられた」と喚めき散らした
NEWSポストセブン
盟友である鈴木容疑者(左・時事通信)への想いを語ったマツコ
《オンカジ賭博で逮捕のフジ・鈴木容疑者》「善貴は本当の大バカ者よ」マツコ・デラックスが語った“盟友への想い”「借金返済できたと思ってた…」
NEWSポストセブン
米田
《チューハイ2本を万引きで逮捕された球界“レジェンド”が独占告白》「スリルがあったね」「棚に返せなかった…」米田哲也氏が明かした当日の心境
週刊ポスト