就業中はうつで仕事がろくにできないのに、会社を一歩出た途端に元気になる――今、こんな「新型うつ病」が職場で急増しているという。これが果たして本当に「病気」なのか、精神科医の間からも疑問の声があがり、「甘えているだけだ」との厳しい指摘もある。一方で、その風潮に便乗して「新型うつ病」を悪用する者まで現われている。
詐病は問題外としても、企業にとって、新型うつ病の増加は大きな痛手となる。休職している社員に病休手当を支払い続けることが損失になるが、問題はそれだけではない。
企業の人事・労務担当からの相談を受けている社会保険労務士の片岡幹雄氏は、実態をこう語る。
「新型うつ病の場合は従来型うつ病と違って、本人が仕事を休んで遊んでいたりするので、職場に不信感が生まれる。しかも職場復帰した後、本人はうつ病を“水戸黄門の印籠”のように捉えていて、『俺は特別』で『仕事を軽減してもらって当然』という意識が言葉の端々に出てくるので、反感を買うことも多い。職場環境を破壊してしまうのです」
新型うつ病に振り回されないために、企業はどのような防衛策を講じればいいのか。
『心が折れそうなビジネスマンが読む本』(ソフトバンク新書)の著者である労働コンサルタントの中森勇人氏はこう答える。
「すでに一部の会社では自己防衛を始めていて、『EAP(従業員支援プログラム)』という制度を導入する企業が増えつつある。このプログラムでは、従業員の心に寄り添っているように思わせながら、その実、転職を勧めたりすることもできるわけです。こうなるともはや“狐と狸の化かしあい”です。新型うつ病で休職している人は、退職や転職を勧められる前に、上司や人事とよく話し合って職場復帰することをお勧めします」
厳しい姿勢で臨む会社が増えているということだ。新型うつ病は、大企業や公共団体など、休業保障制度が充実した事業所に多いのが実態だ。実際に、某機械メーカーの人事担当者は、こんな経験を話した。
「入社2年目の20代男性社員が1か月も無断欠勤を続けた。聞くと『新型うつ病なんです』と言う。しかし診断書もなかったですし、長期の無断欠勤は解雇の理由になるので、退職勧奨をしたところ、本人が『辞めたくない。きちんと治して頑張ります』と言い出し、今は普通に働いている。拍子抜けしました」
もちろん、新型うつ病の中にも、職場の悩みだけでなく、プライベートで重い悩みを抱えているケースも皆無ではない。それが余計にこの問題の扱いを難しくしている。現実には主治医と相談し、原因や症状の軽重を見極め、従来型うつ病とは区別する必要があるが、解雇の要件を満たせば、“荒療治”が効くこともある。
前出・片岡氏もこう言う。「新型うつ病になる人は、人格的に未熟で社会的な体験が乏しいまま社会人になり、職場での対人関係や顧客との付き合いができないことが多い。それが病気という形で現われてくるので、治る見込みがあるなら再訓練をするべき。その際、特別扱いするのでなく、職場にはルールがあることを徹底させる必要があります」
ナンバーワンよりオンリーワン、競争は悪で個性が大事と教えられた世代が、企業社会に入って齟齬をきたしているようにも見える。必要なのは社会人として生きていくための再教育ということか。
※SAPIO2012年8月1・8日号