いま大手企業はグローバル人材の育成に力を入れている。だが大半の日本企業は社内に世界で活躍できる人材がいないため、海外子会社を含めた社内トレード人事を慌てて活発化しようとしている。自らの会社で社内トレード制度を成功させてきた大前研一氏が、人事データベース(DB)の必要性を説く。
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私はある企業で10年以上前に、社員が自分のやりたい仕事の分野を表明し、部長などの管理職も欲しい人材の条件を公表して、それが一致したら異動が成立する――という社内トレード制度を提案して、うまく機能している。
私はコンサルティングをしていて顧客企業に人事システムの改革が必要だと判断した場合は、まず人事部に社員の人事DBを見せてもらう。すると、ほとんどの会社は、人名リストや出身校リストなど、おざなりな書類しか持っていない。
入社時の応募書類のほかには「入社してからどの部署に何年いたか」という簡単な社歴が書いてあるぐらいで、その時の業績はどうだったのか、特殊な才能を発揮したのか、上司や同僚との関係に問題はなかったのか、といった情報はほとんど書き込まれていないのである。だが、それでは社内トレード人事など、できるわけがない。
人事DBに必要なのは、ソフトの情報だ。それは○×ではなく、「こういう逆境にもめげず期限までにこんなプロジェクトをまとめ上げた」「上司の反対を押し切りコツコツと努力して売り上げを伸ばした」「同僚や部下とこんな軋轢があった」「性格はきついが仕事はやりきる」といった具体的な叙述を伴った評価である。それが書いてなければ、その人の能力を第三者が適正に判断することはできない。
よく人事関連の記事で「360度評価」や「ピア・エバリュエーション(相互評価)」などと称する評価方法が紹介されているが、その多くは「いいこと」しか書いてない。それではダメだ。欠点も指摘されていないと正しい任命、評価ができず、優秀な人材を発掘することができないからである。
そもそも、上司に課せられている最も大きな責任は、自分の後継者を見つけて指名することだ。「A君に2つのプロジェクトを同時進行で任せたが、週1回の打ち合わせだけで、私が期待した以上の成果を残した。彼以外に私の後継者はいない」といった具体的な評価の蓄積こそが重要なのである。逆にいえば、そういう判断ができない人事DBは、「使えない」のである。
要するに、きちんとした人事DBを作るのは、社内で埋もれている優秀な人材を発見して引き上げたり、適材適所の配置をしたりするためなのだ。
※週刊ポスト2012年12月21・28日号