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長嶋監督はスパルタ方式 体罰も辞さず江川卓氏「怖かった」

【書評】『地獄の伊東キャンプ 一九七九年の伝道師たち』鈴木利宗/大修館書店/1470円

【評者】香山リカ(精神科医)

 * * *
 長嶋茂雄のファンは多かろう。私もそうだ。しかし、私たちが知っている「陽気でちょっと天然ボケの天才野球プレイヤー」というのは、彼のほんの一部でしかなかったのだ。本書を一読してそれを思い知らされた。

 では、私たちが知らないのはいかなる面か。それは巨人軍の監督時代の「厳しい長嶋」だ。時には選手への体罰も辞さなかった彼の厳しさは、1979年、ペナントレース5位という悲惨な成績に終わったシーズンオフに行われた伊東キャンプに象徴されている。

 巨人ファンでも「秋に伊東キャンプ?」と訝しむ人もいるかもしれない。それは当然で、このキャンプは監督自らが選んだ当時の若手精鋭18人のみを対象に行われたのだ。

 本書は、参加選手たちへのインタビューを中心に構成された33年前のキャンプの再現であり、同時に「長嶋茂雄とは誰か」を、さらに「野球とは? プロとは?」を考えるためのまたとない手がかりの書である。

 キャンプイン当夜の食堂でのミーティングで、頬を紅潮させ、最後は絶叫口調で訓示を垂れる監督に、参加者のひとりである江川卓は「恐怖」を感じたという。

「どんな艱難辛苦にも耐えて、生き抜く心身をつくるんだ。その意識革命のために、我々はここ、伊東に馳せ参じたんだ!」

 翌日からの練習も、現在では考えられないほどのスパルタ式で、しかも基礎練習の繰り返し。ランニング、ダッシュ、筋トレ、ノックに投げ込み。夜も途中で「ビール1本」が許可されるまでは、アルコールもいっさい禁止という厳しさだ。若手とはいえ、すでに一流の技術を持ったプロが、なぜここまでやらなければならないのか。その答えは、やはり参加者のひとり、二宮至の言葉の中にある。

「人間っていうのは、不可能はないんだということを、長嶋さんは教えたかったんだと思う。『自分で限界を決めるな』ということを」

 限界を超えた選手のその後は、本文で確かめてほしい。著者の思いのつまった熱く濃い一冊だ。

※週刊ポスト2012年12月21・28日号

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