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誰もが敬遠していた「介護旅行」取扱件数が前年同月比1.4倍増

「介護旅行」という言葉をご存じだろうか。身体が不自由で車椅子に頼っていたり、要介護認定を受ける高齢者が楽しむ旅行のことだ。ともすれば自宅や施設に閉じこもりがちな人たちが誰にも気兼ねすることなく楽しめる旅があった。いまは株式会社SPI代表取締役CEOで、「あ・える倶楽部」を主宰する篠塚恭一さんに介護旅行のこれまでの歩みについて聞いた。

 話は1980年代半ばに遡る。大手旅行代理店に勤務の篠塚恭一は、ツアー客とともにスペインの田舎町にいたとき、家族との旅行を楽しむ高齢の女性が何気ない言葉を発した。

「自分でスーツケースを持てなくなったら、旅行するのはやめにしようと思っているの」

 その女性にとって、旅行とは、趣味であり生き甲斐であり、人生のハリのようなものだった。篠塚は咄嗟にこういった。

「スーツケースくらい私が持ちますから旅行を続けましょうよ」

 また、高齢の夫婦などが参加するツアーへの添乗が多かった篠塚、欧州を数か国巡るツアーの最中にこんな出来事があった。数か国を巡るツアーの際には前の国で購入した免税品の申告が必要になる。手続きには時間がかかるため、旅を優先したい高齢のツアー客は免税手続きをしなかったが、何組かは手続きを申請。全員が待たされることになった。そのとき、70代の夫婦が篠塚にもらした言葉が決定打になる。

「私たちには時間が残り少ないんだ」──。

 高齢者の旅には「また来よう」「今回はいいや」はない。元気で旅慣れた高齢者もいつかは足腰が弱くなってくる。そうなっても旅を諦めてほしくない。車椅子や介護が必要な人でも旅をしたいに違いない。

 篠塚はそんな旅のお手伝いこそが自分の仕事だと考えるようになった。

 だが当時、周囲は「市場もなければニーズもない」とにべもなかった。それでも篠塚は諦めなかった。高齢者施設に出向いて入所者の話を聞けば、10人中7~8人は「出かけたい」「旅行がしたい」と希望を漏らした。施設は日常の世話で手いっぱい。とても外出にまでつきあう余裕はない。

 1995年、篠塚は旅行にも同行できるヘルパー、トラベルヘルパーの養成をはじめ、介護技術を提供しながらの旅行サービスを事業化する。

「本人が行きたいところへ、どうやったら行けるか考える」毎日が始まった。

 例えば、温泉に行きたいという車椅子の高齢者の希望があったとする。当初は宿泊先を選択することすらままならなかった。多くの旅館で門前払い。それでも篠塚はめげなかった。旅行が好きだったのに諦めている高齢者の手足になりたいという一心だった。

「車椅子の方には介護されるご家族なども同行される。営業も十分に成り立つはずです」

 篠塚の説得に徐々にではあるが、旅館などの理解も得られるようになってきた。国内旅行、海外旅行さまざまな旅に対応できるようになった今でも、一番需要があるのはふるさとの墓参だ。「最後にここだけは行っておきたい」と切実な思いで依頼をしてくる人が多い。

 今、篠塚の呼びかけで大手旅行代理店を始めいくつかの旅行会社でも「介護旅行」の取り扱いが始まっている。2010年7月~2011年6月までは212件だった同社の取扱件数は、翌2011年7月~2012年6月には298件にも拡大した。市場の開拓者である篠塚に対して、最近になって「先見の明がありましたね」「いいところに目をつけましたね」という言葉が投げかけられるようになった。

「奇をてらったわけではありません。目の前にいた困っているお客さんを助けたかっただけです」

 当初は探すのも大変だった車椅子の高齢者を受け入れる温泉旅館の数も増えた。静岡県東伊豆の熱川温泉が温泉街ぐるみでの受け入れ態勢を構築するなど、篠塚が地道に取り組んだ「輪」が急速に広がりつつある。

■取材・構成/中沢雄二

※週刊ポスト2013年1月18日号

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