【書評】『呑めば、都──居酒屋の東京』マイク・モラスキー著/筑摩書房/2205円(税込)
著者はアメリカ人だが、昭和51(1976)年の初来日以来、赤提灯の魅力に取り憑かれ、今に至る延べ20年の東京在住期間中、夜な夜な、ときには昼日中から暖簾をくぐってきた。
主な遊泳先は東京の下町や周辺部だ。本書は具体的な店を挙げながらその体験を綴ったエッセイ集だと著者は言うが、それは控えめな表現で、見事な都市論、戦後論にもなっている。
まず、居酒屋についての観察が鋭い。〈いい居酒屋とは、何よりも〈人間中心の場〉である〉と書き、下町の大衆酒場ではコの字型カウンターが多いと指摘する。その形だと、〈誰もがほかの客の顔を見ることができ、また常に見られているから、共同体意識が湧き〉やすい。これには思わず膝を打った。
著者は、近年流行りの、人工的に「昭和レトロ」の雰囲気を演出した、つまり歴史を商品化したような店と、〈実際に昭和を生きてきた店〉を明確に区別し、再開発によって本物の昭和が消滅し、殺風景な光景に変わることに寂しさと怒りを滲ませる。
〈現代の山の手人=ウェストサイダーたちが昭和という〈過去〉を少し味わいたいとき、イーストサイドの下町まで出かけていく〉という時間軸を絡めた「山の手/下町」論には完全に首肯する。
〈あの頃(注・昭和51年頃)の私の実感では、「東京の空」はふたつあった煙を吐き出す工場がいまだに散在する葛飾(注・当時の下宿先)の灰色の空、そして新宿より西方面の、ときに富士山まで見通せる青空である〉という記述により、一瞬にして高度成長時代の記憶が蘇る。
そして、読みながら何度も「今すぐ呑みに行きたい」とウズウズした。その意味で最高の居酒屋銘店ガイドでもある。
※SAPIO2013年1月号