【書評】『中学生までに読んで おきたい哲学(3)うその楽しみ』松田哲夫編/あすなろ書房/1890円
【評者】嵐山光三郎(作家)
「うそは創作のはじまり」と銘うった「うそ」に関する論文、小説、落語のアンソロジーである。これは『中学生までに読んでおきたい 哲学』(全八巻)の第三巻で、さすが哲学に詳しい哲ちゃんこと松田哲夫編。中学生まで哲学なんてしなかった人がほとんどであるから、このシリーズを読むと、うその効用がわかる。つまり『うその楽しみ』読本である。
松田哲夫のセレクトだから、小むつかしい話はなく、中卒以上なら楽しく読める。全19編あって、柳田国男「ウソと子供」が秀逸である。三千円を拾った子が通りがかりの巡査に渡したのに警察署にはそのお金が届いていなかった。じつは子がウソをついたのだが、それはなぜか。
柳田国男の「ウソと子供」を読んだ井伏鱒二はえらく感激して、自分が子どものときに見たうそつき大会(「うそ話」)の話。さらに井上ひさし「昭和二十二年の井伏さん」。井上氏は、子どものころ山形県の実家ちかくに来た井伏鱒二の顔を障子のすきまから覗き見した。なんだかほとけさまを拝む気になったが、あとできくとやってきたのは偽者の井伏先生だった。
うそ話が連鎖する構成がさすが松田哲夫である。河合隼雄「うそからまことが出てくる」、串田孫一「嘘について」、伊藤整「正直な夫」、佐野洋子「悪女と善人」、吉田健一「とぼけることの効用」など傑作ぞろいであるが、こんなのを中学生までに読んじゃったら、どうなるんだろうか。まあ、中学生のふりをして読めばいい。
圧巻は嘘小説対決で、遠藤周作「嘘」vs太宰治「嘘」。どちらの嘘がうまいかは読者の判断。いつだったか、東北の「うそつき村」へ行ったことがあり、村長も警官も八百屋のおばさんもみんな嘘つきだったから、うっとりとしてしまった。一度うそをつくとつぎからつぎへとうそ話をつづけていかねばならず、うそは芸能や文学になっていく。うそを憎まずうそをたのしむことが、人の世を生きるコツであります。
※週刊ポスト2013年3月15日号