【著者に訊け】櫛木理宇(くしき・りう)氏/『赤と白』/集英社/1365円
かつて川端康成は『雪国』の冒頭で、国境のトンネルを抜けた瞬間を〈夜の底が白くなった〉と表現した。
〈だが、底だけではない〉
〈冬の間ずっと住民の頭上を覆う灰白色の空〉
〈除雪車が道の両端にうずたかく積みあげていく、春まで融けることのない雪壁〉……。
〈この町の冬は底だけでなく、壁も天井もただひたすらに白いのだった〉
櫛木理宇氏の『赤と白』では、光や浄化を思わせる白こそが、17歳の〈小柚子〉や〈弥子〉を追いつめる。閉塞感、と呼ぶにはあまりに具体的な逃げ場のなさは人々を狂わせ、少女の心に暗い怒りを宿らせた。その怒りが燃え上がる時、火柱は世界を赤と白に染める。 昨年日本ホラー小説大賞読者賞と小説すばる新人賞をW受賞した氏は、新潟県下越地方在住。例年冬には自宅や職場で1日4回もの雪かきに追われるという。櫛木氏はこう語る。
「自分より背の高い雪壁に囲まれると物凄く圧迫感があるんです。雪はどけてもどけても増えるゴミみたいなもので、明日なんて来なければいいのにって、気持ちまで鬱々としてくる」
そんな町で事件は起きる。
〈【轡(くつわ)市で民家全焼、焼け跡から2遺体/新潟】11日午後7時35分ごろ、轡市南町の会社員、伊奈美帆子さん(43)方から出火〉
〈轡署によると、伊奈さんは長女の小柚子さん(17)と2人暮らし。遺体は行方がわからなくなっている伊奈さん親子とみて、出火原因とともに調べている。(2月12日付 信越日報)〉……。
冒頭に並ぶ数本の記事は、遺体の一つが母親と判明し、17歳の娘は別の場所で〈下着姿〉で保護されたことなど、事件の概略を予め伝える。そして本編では、一見のどかな地方の女子高生の日常や驚愕の真実が時間を遡って描かれ、その落差に戦慄すること必至である。
「バッドエンドを提示した上で平和な高校生活を書けば、この子たちの何がどうなるとこんな結末になるのか、より興味を持っていただけるんじゃないかと。死体も一つ余分ですし。一気読みできる崩壊系エンターテインメントを、私自身、一気に書き進めていきました」
父と離婚後、男を作っては家に連れ込む母と暮らす小柚子と元バスケ部の弥子は幼なじみ。中高生の女子グループは〈たいてい四つ〉に分かれ、小柚子は弥子のおまけで〈体育系B〉にいる。最近〈目立つ子ばかりの派手A〉を追い出された〈苺実〉も加わったが、小柚子にとっては弥子だけが、昔も今も親友なのだ。
2人の関係が崩れ始めたのは、〈京香〉が現われてからのこと。子供の頃、弥子も含め4人で遊んだ活発な双子の姉〈百香〉と地味な妹・京香は、10年前に東京へ越し、最近この町に戻ったらしい。しかし、小柚子には目の前の美少女が、弥子も知らない秘密を唯一知る百香にしか見えない。
一方、弥子は小柚子には言えなかった悩みまで京香に打ち明けていた。母親が溺愛し、10年以上も自室に引きこもる叔父の凶暴さ。そんな彼の老後を見るための人間としてしか、両親が自分を見ていないこと……。そして京香や彼女とある事情を共有するサッカー部の〈関口慎〉といることが増えた弥子と、親を脅して酒まで買いに行かせる苺実の家に入り浸る小柚子との間に生じた距離が、のちに惨劇を招くのである。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2013年4月12日号