国内

首相表明所得150万円増は意味なし 目標の名目成長率を示せ

 安倍晋三首相が成長戦略第3弾として、10年後に1人当たり国民総所得(GNI)を現在の水準から150万円以上増やす目標を掲げた。だが、「数値目標は政権とメディアの合作だ」と指摘するのは、ジャーナリストの長谷川幸洋氏だ。以下、長谷川氏の解説だ。

 * * *
 GNIとは聞きなれないが、国内総生産(GDP)に海外から得られる利子や配当などの所得を加えたものだ。

 街頭演説では「平均年収を150万円増やす」と訴えた。国民総所得には企業の儲けも含まれるから、給料に反映されなければ平均年収が150万円増えるとは限らない。ここを朝日新聞などに指摘され、菅義偉官房長官は「首相は分かりやすく説明しようとしたんだろう」と釈明に追われた。

 安倍は「3年間で民間投資70兆円を回復」とか「2020年にインフラ輸出を30兆円に拡大」といった数字も挙げている。政権が掲げる「数値目標」をどう受け止めたらいいか。

 結論を先に言うと、私はたいした意味はないと思っている。当たり前だが、日本は計画経済の国ではない。政府が「こう所得を増やします」なんて言ったって、給料を払うのは企業だ。所得がどれだけ増えるかは企業と働く人のがんばり次第なのだ。

 そんなことは政治家だって分かっているはずなのに、なぜ数値目標が出てくるか。それは政権とメディアの双方に思惑がある。政権はメディアに成長戦略を大きく扱ってもらいたい。一方、メディアは数字があると見出しにとりやすい。そこで肝心の中身よりも数字が躍ってしまう。

 昨年末の総選挙では「10年間で公共投資200兆円」といった数字もとりざたされた。これは公共事業に熱心な自民党の政治家が掲げた数字だが、当然のように「国の財政にそんな余裕はない」と批判が出た。

 本人は国と地方、それに民間の投資分も加えたつもりだったが、数字が独り歩きしてしまった。結局、自民党の正式な政権公約に「200兆円」の数字は盛り込まれていない。

 目標の数字で意味があるのは、せいぜい「名目成長率3%以上」とか「物価安定目標2%」くらいではないか。

 物価と名目成長率は政府と民間の経済活動全体を網羅したマクロ指標である。さまざまな政策の基礎になる。国民総所得150万円アップを言うなら、そのとき名目成長率は何%くらいを目標に置いているのか、を示してくれるともう少し現実味が出ただろう。

 名目成長率は財政再建のためにも重要である。経済が名目で成長すると税収が増えるからだ。そのとき長期金利(正確には償還前国債の平均金利)が名目成長率以下に抑えられていれば、基礎的財政収支(プライマリーバランス)が劇的に改善する効果がある。うまくすれば、増税なしでも財政再建ができてしまう可能性すらある。

 かつて池田勇人内閣は「所得倍増計画」をうたって人気を博した。以来「国民の所得をこれだけ増やします」という台詞が、自民党のお家芸になった。だが、そろそろ卒業してもいいのではないか。所得倍増のようなスローガンは途上国ならいざ知らず、成熟した先進国ではまず聞かれない。

「どう言ったら国民にアピールするか」を考えるのは、政権として当然だ。だが、メディアの側が根拠の薄い数字にそう真剣になって付き合う必要はない。大事なのは政策の中身である。

 成長戦略については「中身が乏しい」という批判が内外から出た。そこは、もちろん政権が真剣に受け止めねばならない。

(文中敬称略)

※週刊ポスト2013年6月28日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

スタッフの対応に批判が殺到する事態に(Xより)
《“シュシュ女”ネット上の誹謗中傷は名誉毀損に》K-POPフェスで韓流ファンの怒りをかった女性スタッフに同情の声…運営会社は「勤務態度に不適切な点があった」
NEWSポストセブン
現行犯逮捕された戸田容疑者と、血痕が残っていた犯行直後の現場(時事通信社/読者提供)
《動機は教育虐待》「3階建ての立派な豪邸にアパート経営も…」戸田佳孝容疑者(43)の“裕福な家庭環境”【東大前駅・無差別切りつけ】
NEWSポストセブン
未成年の少女を誘拐したうえ、わいせつな行為に及んだとして、無職・高橋光夢容疑者(22)らが逮捕(知人提供/時事通信フォト)
《10代前半少女に不同意わいせつ》「薬漬けで吐血して…」「女装してパキッてた」“トー横のパンダ”高橋光夢容疑者(22)の“危ない素顔”
NEWSポストセブン
露出を増やしつつある沢尻エリカ(時事通信フォト)
《過激な作品において魅力的な存在》沢尻エリカ、“半裸写真”公開で見えた映像作品復帰への道筋
週刊ポスト
“激太り”していた水原一平被告(AFLO/backgrid)
《またしても出頭延期》水原一平被告、気になる“妻の居場所”  昨年8月には“まさかのツーショット”も…「子どもを持ち、小さな式を挙げたい」吐露していた思い
NEWSポストセブン
初めて万博を視察された愛子さま(2025年5月9日、撮影/JMPA)
《万博ご視察ファッション》愛子さま、雅子さまの“万博コーデ”を思わせるブルーグレーのパンツスタイル
NEWSポストセブン
憔悴した様子の永野芽郁
《憔悴の近影》永野芽郁、頬がこけ、目元を腫らして…移動時には“厳戒態勢”「事務所車までダッシュ」【田中圭との不倫報道】
NEWSポストセブン
現行犯逮捕された戸田容疑者と、血痕が残っていた犯行直後の現場(左・時事通信社)
【東大前駅・無差別殺人未遂】「この辺りはみんなエリート。ご近所の親は大学教授、子供は旧帝大…」“教育虐待”訴える戸田佳孝容疑者(43)が育った“インテリ住宅街”
NEWSポストセブン
近況について語った渡邊渚さん(撮影/西條彰仁)
【エッセイ連載再開】元フジテレビアナ・渡邊渚さんが綴る近況「目に見えない恐怖と戦う日々」「夢と現実の区別がつかなくなる」
NEWSポストセブン
『続・続・最後から二番目の恋』が放送中
ドラマ『続・続・最後から二番目の恋』も大好評 いつまでのその言動に注目が集まる小泉今日子のカッコよさ
女性セブン
田中圭
《田中圭が永野芽郁を招き入れた“別宅”》奥さんや子どもに迷惑かけられない…深酒後は元タレント妻に配慮して自宅回避の“家庭事情”
NEWSポストセブン
ニセコアンヌプリは世界的なスキー場のある山としても知られている(時事通信フォト)
《じわじわ広がる中国バブル崩壊》建設費用踏み倒し、訪日観光客大量キャンセルに「泣くしかない」人たち「日本の話なんかどうでもいいと言われて唖然とした」
NEWSポストセブン