ビジネス

メルシャンのワイン文化支える「動物解剖の厭わぬ理系女子」

ワインの成分研究に従事するメルシャンの須永和子さん

 フランス人は脂っこい食事を好み、喫煙率も高いのに、それら生活習慣が原因とされる心臓病患者の割合が低いのは、赤ワインの消費量が多いから――。

 1990年代、フランスの科学者が行った“フレンチパラドックス”と呼ばれる疫学調査をきっかけに、世界中で空前のワインブームが起こったのは記憶に新しい。赤ワインに含まれる「ポリフェノール」の健康機能性については、日本でも数々の研究がなされている。

 2011年5月に日本栄養・食糧学会大会にて発表された『赤ワイン成分の長期摂取による心臓の脂質代謝に関連する遺伝子の発現増強について』は、日本発の画期的な研究成果として注目を浴びた。それを発表したのは、若き“理系女子”であった。

 神奈川県・藤沢市にあるメルシャン商品開発研究所に勤務する須永和子さん(32)。ワインの原料となるブドウや、その他の果実成分について、日々研究に明け暮れている。

「実はポリフェノール類は5000種以上ありますが、特に赤ワインに多く含まれる『レスベラトロール』は抗酸化作用がとても強く、アンチエイジングのほかさまざまな領域で研究が進んでいます。私たちもそんな“無名のエリート”であるレスベラトロールの研究を重ねた結果、心臓の脂質代謝に重要な役割を担っている可能性があることを突き止め、学会で発表しました」(須永さん)

 ワイン中の成分研究を進めることで、最終的には新商品開発や既存商品のさらなるPRにつなげる。こうしたアカデミック・マーケティングは、品質が命の食品メーカーの土台を支えているといっても過言ではない。

 須永さんはもともと獣医を志していたが、高校時代にニュースで見た「クローン羊」に衝撃を受け、私大の農学部に進学して遺伝子研究の分野へと方向転換した。その後、有名国立大学の大学院に進み、iPS細胞にも似た分野の研究をしていたという。

「大学院時代は、動物の卵巣から卵子を取り出して試験管の中で培養し、卵子が成長していく過程でどのようなイベントが起こっているかについて研究していました。私にとっては興味深い研究だったのですが、理系ではない友人にこんな話をすると一瞬引かれます(笑い)」

 そんな旺盛な好奇心で最先端の科学領域に触れてきた須永さんが、食品メーカーへの就職を決めたのはなぜか。

「自分の生活に近い分野で研究を続け、その成果が少しでもスパイスとなって新商品に活かされたら、こんなに幸せなことはないと思ったんです。学生時代から皆でワイワイお酒を飲むのも好きでしたしね」

 ちなみに、須永さんがメルシャンに入社した2007年は、キリンとの提携効果により、研究開発部門の領域も広がり始めていた。ワインのみならず、ビールや焼酎、その他、健康食品分野の新たな成分研究テーマは尽きることがない。

「将来的には社内外問わず、いろんな人と様々な仕事をしてみたいです。そして、年を取ったらニュージーランドに移住して、ブドウなどの農作物を栽培しながらのんびりできたらいいなと……」

 決して研究所内に籠っているだけではなく、社交性豊かな一面ものぞかせる須永さん。今年5月には、同じグループ内で研究職に従事する男性と結婚した。そこで、どうしても聞いておきたかったのが、“理系カップル”の新婚生活についてだ。

「家ではお互いの研究テーマについてあれこれ干渉することはありません。屋外で一緒にテニスをしたり、買い物に出掛けたりと普通ですよ。たまの日曜に論文や専門書をパラパラめくることもありますが、それも毎朝、新聞を読むような感覚と一緒です(苦笑)」

 研究に没頭する鋭い眼差しと、甘く爽やかな私生活。まさにワインの風味のような日常を送っている。今後、日本のワイン文化をより発展させる意味でも、須永さんのような若い研究者たちの活躍が欠かせない。

■撮影/渡辺利博

関連キーワード

関連記事

トピックス

ラブホテルから出てくる小川晶・市長(左)とX氏
【前橋市・小川晶市長に問われる“市長の資質”】「高級外車のドアを既婚部下に開けさせ、後部座席に乗り込みラブホへ」証拠動画で浮かび上がった“釈明会見の矛盾”
週刊ポスト
ヴィクトリア皇太子と夫のダニエル王子を招かれた天皇皇后両陛下(2025年10月14日、時事通信フォト)
「同じシルバーのお召し物が素敵」皇后雅子さま、夕食会ファッションは“クール”で洗練されたセットアップコーデ
NEWSポストセブン
問題は小川晶・市長に政治家としての資質が問われていること(時事通信フォト)
「ズバリ、彼女の魅力は顔だよ」前橋市・小川晶市長、“ラブホ通い”発覚後も熱烈支援者からは擁護の声、支援団体幹部「彼女を信じているよ」
週刊ポスト
米倉涼子を追い詰めたのはだれか(時事通信フォト)
《米倉涼子マトリガサ入れ報道の深層》ダンサー恋人だけではない「モラハラ疑惑」「覚醒剤で逮捕」「隠し子」…男性のトラブルに巻き込まれるパターンが多いその人生
週刊ポスト
新聞・テレビにとってなぜ「高市政権ができない」ほうが有り難いのか(時事通信フォト)
《自民党総裁選の予測も大外れ》解散風を煽り「自民苦戦」を書き立てる新聞・テレビから透けて見える“高市政権では政権中枢に食い込めない”メディアの事情
週刊ポスト
ソフトバンクの佐藤直樹(時事通信フォト)
【独自】ソフトバンクドラ1佐藤直樹が婚約者への顔面殴打で警察沙汰 女性は「殺されるかと思った」リーグ優勝に貢献した“鷹のスピードスター”が男女トラブル 双方被害届の泥沼
NEWSポストセブン
女性初の自民党総裁に就いた高市早苗氏(時事通信フォト)
《高市早苗氏、自民党総裁選での逆転劇》麻生氏の心変わりの理由は“党員票”と舛添要一氏が指摘「党員の意見を最優先することがもっとも無難で納得できる理由になる」 
女性セブン
出廷した水原一平被告(共同通信フォト)
《水原一平を待ち続ける》最愛の妻・Aさんが“引っ越し”、夫婦で住んでいた「プール付きマンション」を解約…「一平さんしか家族がいない」明かされていた一途な思い
NEWSポストセブン
公務に臨まれるたびに、そのファッションが注目を集める秋篠宮家の次女・佳子さま(共同通信社)
「スタイリストはいないの?」秋篠宮家・佳子さまがお召しになった“クッキリ服”に賛否、世界各地のSNSやウェブサイトで反響広まる
NEWSポストセブン
司組長が到着した。傘をさすのは竹内照明・弘道会会長だ
「110年の山口組の歴史に汚点を残すのでは…」山口組・司忍組長、竹内照明若頭が狙う“総本部奪還作戦”【警察は「壊滅まで解除はない」と強硬姿勢】
NEWSポストセブン
「第72回日本伝統工芸展京都展」を視察された秋篠宮家の次女・佳子さま(2025年10月10日、撮影/JMPA)
《京都ではんなりファッション》佳子さま、シンプルなアイボリーのセットアップに華やかさをプラス 和柄のスカーフは室町時代から続く京都の老舗ブランド
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 電撃解散なら「高市自民240議席の激勝」ほか
「週刊ポスト」本日発売! 電撃解散なら「高市自民240議席の激勝」ほか
NEWSポストセブン