国内

尖閣防衛の要衝 西表島近くの無人島を中国企業が購入打診

 9月上旬、南国特有の肌を焼くような鋭い日差しの中、沖縄・西表島の桟橋に一隻の連絡船が着いた。

 ラフな格好の島民や観光客に混じってタラップを降りてきたのは、スーツ姿の4、5人の男だ。真夏の南国の島とは不釣り合いなフォーマルな格好だけでなく、彼らが話す中国語が、周囲とは異質な雰囲気を醸し出していた。

 沖縄本島から南西に400キロ、八重山諸島最大の西表島は尖閣諸島の真南に当たる。対中国の「国防の要衝」だ。

 一団はレンタカーを借りて島の北東部に向かった。車は海岸沿いを走り、簡素な展望スポットに立ち寄った。そこから海の方角を眺めると、引き潮の時には歩いて渡れるという小さな無人島が視界の正面に入ってくる。

 その無人島のことを地元の人は「青島」と呼ぶが、正式には「ウ離(ばなり)島」という。
 
 西表島の東端の岬の先にあり、牛車で渡ることで有名な「由布島」のすぐ北側に位置する。東西100メートル、南北400メートルほどの小島の上には、10メートルほどの小高い丘があるほか、建造物などは見当たらない。

 今、この無人島を巡って、日中間で激しい水面下の駆け引きが行なわれている。防衛省関係者がいう。

「日本政府が尖閣諸島を国有化してから、この9月11日で丸1年が経った。その直前から、ウ離島を巡って中国側の動きが活発になってきた。すでに中国の企業が購入寸前の状況にあり、尖閣国有化の意趣返しではないかと見ている」

 冒頭の中国人と見られる男性らは、購入のためにウ離島を“視察”しにきたのではないかと推測される。さらに、ウ離島が購入直前の状態にあることを示すこんな情報も入手した。

「9月6日、ウ離島を管轄している那覇地方法務局石垣支局に中国企業・T社の関係者が訪れ、ウ離島の不動産登記を取得していった。目的は現在の島の所有状況を確認することであり、売り主との交渉が最終段階にあることを示している。

 T社は、東京・港区と上海にオフィスを置くというが、日本での事業の実態は確認できない。ただし、その会社の名前は、上海にある中国国営の総合商社の名前とそっくりで、その商社は、警視庁公安部の外事(外国や外国人の情報を収集分析する部門)関係者によると、“人民解放軍総参謀部(※注)と強い関わりを持つ企業”だ。中国企業は似たような名前でダミー会社を設立し、本体の“別働隊”として動かすケースがある。もしウ離島がT社に買われれば、国防上、極めて重大な問題だ」(政府関係者)

 西表島の島民が語る。

「いまは何もない無人島だけど、5年ほど前までは誰かが牛や山羊を放牧していた。でも、水がないから運ぶのが大変だった。しかも台風が来ると動物もみんな流されてしまうし、建物を建てても5年ももたない。

 売却話? それは沖縄が本土に復帰する前からあった。使い道が限られているから当時は70ドルぐらいだったけど、最近では数億円になっているらしい。特に、(日中間で)尖閣諸島の件が揉めてから、中国人が買うんじゃないかって、西表島ではもっぱらの噂だ」

 現在、ウ離島は静岡に本社がある不動産会社が所有している。同社のHPで、ウ離島はテレビの情報番組で何度も取り上げられた風光明媚なリゾート地として宣伝され、5億円で売りに出されている。だが、ウ離島にはリゾートとしてだけではなく、軍事戦略上も重要な価値がある。海上自衛隊幹部がいう。

「ウ離島は西表島の東端にあり、さらに20キロ東側にある石垣島の西岸海域を見渡すことができる。石垣島の南西側には石垣港がある。そこには尖閣警備の拠点の石垣海上保安部があり、再来年までには大型巡視船14隻からなる尖閣警備の専従チームが配備される予定だ。

 ウ離島から直接、石垣港を見ることはできないが、大型艦が石垣港に寄港しようとすると、周囲の水深の関係で、石垣島の西岸海域のルートを通過しなければならない。そこはウ離島の目と鼻の先。そこに視察拠点ができれば、こちらの動きが丸見えになってしまう」

 もし中国資本でウ離島にリゾート施設などができれば、それをダミーとした中国の視察拠点ができるのではないか──そう防衛関係者は懸念しているのだ。

 本誌はウ離島の現在の所有主である不動産会社の社長を直撃した。すると、T社への売却話が事実であることを認めた。

「私は元々、南国のリゾートが好きなので、石垣の土地をよく扱ってきました。そのなかで、たしかに中国のT社のR社長から“購入したい”という話がきました。今年8月の中旬頃のことです。

 ビジネスとしては売りたいのですが、取引銀行や大手ディベロッパーからは、“日中間の政治的な問題があるので、石垣の土地は中国へは売却はしないほうがいい”ともいわれています」

 直撃の数日後、担当者から、「社長の話したことはすべて記憶違い」という連絡があったが、証言の詳細さから、記憶違いとはにわかに信じがたい。

 安倍晋三首相は、「尖閣諸島の実効支配を強化するために公務員を常駐させる」ことを昨年12月の衆院選の公約にし、今年7月の参院選の政策集にも載せた。だが、いまだに実現させていない。「日中関係に配慮して先送りしている」(官邸関係者)というが、その隙に、ウ離島のような重要拠点が無防備にも中国の手に渡ろうとしているのが現実だ。

 したたかな中国の戦略に遅れをとってはいないか。

【※注】人民解放軍総参謀部/中国共産党の中央軍事委員会の執行機関。人民解放軍、武警、民兵といった中国の全軍事力を指導する立場にある。

※週刊ポスト2013年10月4日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

全米の注目を集めたドジャース・山本由伸と、愛犬のカルロス(左/時事通信フォト、右/Instagramより)
《ハイブラ好きとのギャップ》山本由伸の母・由美さん思いな素顔…愛犬・カルロスを「シェルターで一緒に購入」 大阪時代は2人で庶民派焼肉へ…「イライラしている姿を見たことがない “純粋”な人柄とは
NEWSポストセブン
各地でクマの被害が相次いでいる
JR東日本はクマとの衝突で71件の輸送障害 保線作業員はクマ撃退スプレーを携行、出没状況を踏まえて忌避剤を散布 貨物列車と衝突すれば首都圏の生活に大きな影響出るか
NEWSポストセブン
真美子さんの帰国予定は(時事通信フォト)
《年末か来春か…大谷翔平の帰国タイミング予測》真美子さんを日本で待つ「大切な存在」、WBCで久々の帰省の可能性も 
NEWSポストセブン
(写真/イメージマート)
《全国で被害多発》クマ騒動とコロナ騒動の共通点 “新しい恐怖”にどう立ち向かえばいいのか【石原壮一郎氏が解説】
NEWSポストセブン
シェントーン寺院を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月21日、撮影/横田紋子)
《ラオスご訪問で“お似合い”と絶賛の声》「すてきで何回もみちゃう」愛子さま、メンズライクなパンツスーツから一転 “定番色”ピンクの民族衣装をお召しに
NEWSポストセブン
”クマ研究の権威”である坪田敏男教授がインタビューに答えた
ことし“冬眠しないクマ”は増えるのか? 熊研究の権威・坪田敏男教授が語る“リアルなクマ分析”「エサが足りずイライラ状態になっている」
NEWSポストセブン
“ポケットイン”で話題になった劉勁松アジア局長(時事通信フォト)
“両手ポケットイン”中国外交官が「ニコニコ笑顔」で「握手のため自ら手を差し伸べた」“意外な相手”とは【日中局長会議の動画がアジアで波紋】
NEWSポストセブン
11月10日、金屏風の前で婚約会見を行った歌舞伎俳優の中村橋之助と元乃木坂46で女優の能條愛未
《中村橋之助&能條愛未が歌舞伎界で12年9か月ぶりの金屏風会見》三田寛子、藤原紀香、前田愛…一家を支える完璧で最強な“梨園の妻”たち
女性セブン
土曜プレミアムで放送される映画『テルマエ・ロマエ』
《一連の騒動の影響は?》フジテレビ特番枠『土曜プレミアム』に異変 かつての映画枠『ゴールデン洋画劇場』に回帰か、それとも苦渋の選択か 
NEWSポストセブン
インドネシア人のレインハルト・シナガ受刑者(グレーター・マンチェスター警察HPより)
「2年間で136人の被害者」「犯行中の映像が3TB押収」イギリス史上最悪の“レイプ犯”、 地獄の刑務所生活で暴力に遭い「本国送還」求める【殺人以外で異例の“終身刑”】
NEWSポストセブン
“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
“関東球団は諦めた”去就が注目される前田健太投手が“心変わり”か…元女子アナ妻との「家族愛」と「活躍の機会」の狭間で
NEWSポストセブン
ラオスを公式訪問されている天皇皇后両陛下の長女・愛子さまラオス訪問(2025年11月18日、撮影/横田紋子)
《何もかもが美しく素晴らしい》愛子さま、ラオスでの晩餐会で魅せた着物姿に上がる絶賛の声 「菊」「橘」など縁起の良い柄で示された“親善”のお気持ち
NEWSポストセブン