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【狼の牙を折れ】三菱重工爆破事件の内幕実名証言【3/6】

 二〇二〇年東京五輪に向けて、危機管理への意識が高まっている。それは、無関心だった原発テロへの懸念と共に切実な問題として浮かび上がっている。だが、かつて東京は世界で最も爆破テロの危機に晒され、それと敢然と闘った都市でもあった。その知られざる闘いの内幕を『狼の牙を折れ 史上最大の爆破テロに挑んだ警視庁公安部』(小学館刊)で門田隆将氏(ノンフィクション作家)が追った。

 * * *
(【狼の牙を折れ】三菱重工爆破事件の内幕実名証言【2/6】のつづき)
 
 九月二十七日、犯行声明が出された。
 
〈一九七四年八月三〇日三菱爆破=ダイヤモンド作戦を決行したのは、東アジア反日武装戦線“狼”である。三菱は、旧植民地主義時代から現在に至るまで、一貫して日帝中枢として機能し、商売の仮面の陰で死肉をくらう日帝の大黒柱である。今回のダイヤモンド作戦は、三菱をボスとする日帝の侵略企業・植民者に対する攻撃である〉  
 
 そこには、三菱重工が、日帝中枢として機能した企業であり、商売の仮面の陰で〈死肉をくらう日帝の大黒柱〉であったことが攻撃の理由であったと表明されていた。さらに犯行声明は犠牲者に対しても、こう容赦なく指弾していた。
 
〈彼らは、日帝中枢に寄生し、植民地主義に参画し、植民地人民の血で肥え太る植民者である。“狼”は、日帝中枢地区を間断なき戦場と化す〉

 犠牲者をも激しく糾弾する犯人たちは、その言葉通り、三井物産、帝人、大成建設、大倉商事、鹿島建設、間組……等々を標的として爆破事件を起こしていく。日本を代表する企業が標的となった爆破事件──日本の首都・東京は、頻発するテロによって、世界でも有数の「危険な都市」となっていった。

 だが、捜査は難航した。三井脩・警視庁副総監の指揮の下、小黒公安一課長は、芝田村町(今の新橋六丁目付近)にあった舟生禮治管理官(四四)や江藤勝夫係長(四〇)が束ねる極左暴力取締本部(極本)にベテランと若手刑事を集め、捜査を開始した。
 
 極本は、三菱重工爆破事件の半年前に新左翼系書店に出まわった『腹腹時計』という冊子の分析を徹底的におこなった。それは、同じ東アジア反日武装戦線“狼”による爆弾教本だったからである。
 
 そして、あらゆるセクトの情報収集をおこない、関係者の行動確認をおこなったが、どれも空振りに終わった。その間も、企業爆破は捜査陣をあざ笑うように連続した。
 
 事態がやっと動き始めたのは、事件から四か月が過ぎ、昭和五十年が明けてからである。

 極本はこの頃、あるグループに注目していた。
 
 それは、日韓基本条約批准とベトナム戦争反対闘争の中で、機関誌『東京行動戦線』を出し、米大使館を爆弾攻撃すべく準備を進め、火炎瓶や塩素酸塩系爆弾の開発・実験をおこなったことによって主要幹部が一斉検挙された過去を持つグループだ。
 
 北区中十条二丁目の美島荘──。

 極左暴力捜査本部の若松正雄(五〇)と栢木國廣巡査(二四)が、かつてこのグループにいた佐々木規夫(二六)のアパートを訪ねて来たのは、昭和五十年一月八日のことである。
 
 まだ犯人の目星がどうこうする段階ではない基礎的な調査のためだった。アパートは平屋で、玄関は共同だ。昼間だというのに中は薄暗く、奥に伸びている廊下の左右に各部屋が並んでいる。ここで、二人の目は、あるものに吸い寄せられた。
 
 茶の包装紙できちんと包まれ、紐で括られた荷物である。それは、国鉄(JRの前身)など運輸会社が手荷物輸送のサービスで運んでくれるいわゆる「チッキ」による荷物だった。宛名は「佐々木規夫」。差出人は「本人」である。出した場所は北海道だった。
 
 二人は、顔を見合わせた。高さ一メートル、幅は四十センチ以上ある大きなものである。栢木は、荷物に触った。そして、ちょっと傾けてみた。
 
(重い)

 それは、ずっしりと来る重さだった。中身はとても衣類などではない。相当、重量がある。本か? それとも……。その瞬間、
 
(爆弾かもしれない!)
 
 栢木はそう思った。三菱重工爆破の爆弾の材料に「クサトール」という除草剤が大量に使われていたことは、すでに明らかになっていた。不穏な気分にさせられるこの重さは、旅行者が宅送をお願いする単なる手荷物とは思えない。ひょっとして、「佐々木規夫」というのは、本当に怪しいかもしれない。
 
 二人の頭に、そんな疑念が湧き上がってきた。
 
 本人が不在の時に荷物が届き、その間に、捜査官がこの正体不明の荷物を“現認”するという「偶然が重なった」のだ。こうして佐々木規夫の本格的なウォッチは始まった。

 それから十日経った昭和五十年一月十八日土曜日。半ドンのこの日、古川原一彦巡査部長(二七)は、佐々木のアパートに一人で張りついていた。
 
 午後二時半頃、佐々木はアパートを出て、京浜東北線の東十条駅の方角に向かって歩き始めた。拠点にいた古川原はすぐ佐々木を追った。古川原は、刑事とは思えない長髪であり、さらにジーパンにジャンパー姿である。どこにでもいる若者そのものだ。まさか刑事とは思えないような出で立ちだった。
 
 佐々木は東十条で京浜東北線に乗り、次の王子で降りた。うしろを気にする風もなく、佐々木はそのまま王子駅の中央口を出た。しかし、右に曲がった佐々木は、いきなり駆け出した。

(あっ)

 まずい! そう思いながら、古川原も走り出した。だが最も重要なのは、相手に「気づかれない」ことである。その時、古川原の耳に、ジリジリと鳴るベルの音が入ってきた。見ると、先に都電が一両停まっている。発車を告げるベルが鳴っているのだ。
 
 佐々木は、電車に乗ろうとしている。一瞬、このまま走るべきかどうか、古川原に迷いが生じた。
 
 あの一両しかない都電に一緒に飛び込んだら、さすがに佐々木も自分のことを気に留めるだろう。そうなれば、元も子もない。
 
 しかし、その時、神様が手を差し伸べてくれた。王子駅の反対側から来た小学生数人が、大きな声を上げて、その電車に向かって走り始めたのである。
 
「うわー!」「急げぇ!」

 ベルの音に呼応して、ランドセルをがちゃがちゃいわせながら、小学生たちが走り出したのだ。
 
 古川原は咄嗟にスピードを落とした。子どもたちは、佐々木と古川原の間に入り込むかたちで一緒に走ることになった。ベルは途中で鳴り止んだ。
 
 だが、自分たちを待ってくれているようだ。まず最初に佐々木が電車に飛び込んだ。つづいて小学生たち。そのあとに古川原がつづく。
 
 大騒ぎで走った子どもたちのおかげで、佐々木は自分にはまったく気がついていない。

(助かった……)

 まさに天使の助けだった。古川原は、そのまま都電に乗り、「東尾久三丁目」駅で降りた佐々木の行き先を突き止めた。そこは、のちに爆弾犯と判明する片岡利明(二六)が住む「小林荘」だった。(つづく)

◆門田隆将(かどた・りゅうしょう)/1958(昭和33)年、高知県生まれ。『この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(角川文庫)で第19回山本七平賞受賞。近著に『太平洋戦争 最後の証言』(第一部~第三部・小学館)、『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP)がある。

※週刊ポスト2013年11月8・15日号

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