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世界を飛び回る禅僧が説く 時間の使い方とおもてなし精神

“本当のおもてなし”について語る枡野俊明さん

 時間の流れが速く感じられる毎日。溢れる情報や物、一方で薄れつつある人間関係、絆…。そんな日々の中で、「禅」を日常生活に取り入れてシンプルにすがすがしく暮らしたいと思う人が増えている。「食事を整えることはすなわち、心を整え、人生を整えることと通じる」――『禅と食「生きる」を整える』(小学館)の著者で曹洞宗徳雄山建功寺住職、庭園デザイナーとしても世界で活躍する枡野俊明さんが、忙しさの中で余裕を失った人たちへ食との向き合い方、時間の使い方を説く。

――著書にもある、食材に対する心が人間関係にも繋がっているというのは、どういうことでしょうか?

枡野:食材に対する姿勢は、他のあらゆることに通じます。大根一本でも、皮や葉、しっぽ部分を捨ててしまうのは、みなさんが「食べるところではない」という意識を先にもっているからで、実は全て食べられるのです。同様に人間にも物事に対する得手、不得手があって十人十色です。この人は嫌な部分があると思っても、それはごく一部分にしかすぎません。まずいろいろな面を見る目をもって接することが大事です。また、“高い食材は大事にお料理して安い食材はそこそこに”ではなく、どんな食材でも活かしきることです。お料理を出す相手が偉い方でも友達や後輩でも、差があってはいけません。どんな人に対しても手を抜かず、自分が出しうる最高の気持ちを添えて出す。食材を大切にすることは、どんな人にも誠意を持ってつきあうことに繋がるのです。

――時間に追われがちな現代ですが、“時間に使われるのではなく、時間を使いきる”とは?

枡野:唐の時代の禅僧が弟子に“汝は十二時に使われ、老僧は十二時を使い得たり”と言っています。平等にある時間を老僧は悠々と使い切り、おまえは時間に使われているという意味ですが、時間をどう使うかは心の有り様です。やるべき作業が残ったまま、次の予定時刻が迫ってきたとします。時間までに終わらない量が残っているなら、一旦止めて改めてやるほうがいい。だけどギリギリ間に合うなら一気にやってしまえば、戻りの作業がなく次へ進めて時間を使いきれます。10分で終わるなら、10分押しても次の予定を10分効率よく切り上げれば後に響きません。それが「時間を使いきる」ことです。

――枡野さんが思う、本当のおもてなしとは?

枡野:おもてなしとは形ではなく、いかに迎える側の気持ちを込めて人を迎えられるか。「これだけやりました、見てください」ではなく、「させていただく」ということですよね。例えば水打ちで清めることや、割箸が割れていないのも、あなただけの特別な物として用意しましたという表現です。それらが全て積み重なって日本の文化があります。そういうことを外国からのお客さんに説明してあげることもおもてなしのひとつだと思います。

――最近はマナーの悪さも気になります。著書でも触れられていましたが、レストランで店員に横柄な態度を取る人は、一緒にいて嫌な気分になります。

枡野:現代社会そのものがものすごくストレスの負荷が高い時代になってしまいました。若い人やある年代までの人たちは上司からのプレッシャーがあり、中間層になると下からの突き上げがあり、自分が言えない分を店員さんや駅員さんといった言い返せない立場が弱い人を見つけて強く言うんですね。あれは非常に悪いです。生活の中でそれぞれの人間に余裕がなくなっているのです。

――どう心がけたら余裕を持てるでしょうか?

枡野:つい十数年前までは、日本社会はグループの中でそれぞれ得意な持ち分を活かして成果を上げるシステムでしたが、アメリカ型の個の競争社会にスライドしてしまったことで個々での成果を求め、オールラウンドでプレーしなければならない非常に精神的な負担のかかるシステムになってしまいました。全てを昔のように戻すのは難しいですが、もともと日本が得意な集団で成し遂げる部分と、個の部分をうまく織り交ぜながらやっていくと日本の企業はもっと成長できるし、おそらく働く人たちのストレスも減ってくると思います。もうひとつは情報化が進んで、何でも比べやすい時代になってしまったことも非常にストレスになっています。選択肢がありすぎて判断できない人がたくさんいますが、比べずに自分のペースで、自分のやり方でやっていけばいいのです。

――自分に合うものを自分で選択していくしかないということですね。

枡野:便利になったようで、非常に負担の多い時代になってしまったことで、みんなトゲトゲしく、人間としてのまろやかさがなくなってしまいました。日本の文化は、物や形の背後にある精神性が大事という文化でしたが、情緒的、精神的な部分がどんどんなくなり、数字や物だけになってしまった。物づくりだけでいうと日本の技術は確かに世界に誇れる傑出した精密さ、精巧さがありますが、コスト面では労働賃金の安い外国に流れていきますから、その精密さの上に日本ならではのよき価値観を添えていかないと今後の国際競争に勝てないのではないかと、私は考えています。

【枡野俊明(ますの・しゅんみょう)】
1953年神奈川県生まれ。曹洞宗徳雄山建功寺住職、庭園デザイナー、多摩美術大学環境デザイン学科 教授。玉川大学農学部卒業後、大本山總持寺で修行。禅の庭の創作活動により、国内外から高い評価を得る。芸術選奨文部大臣新人賞を庭園デザイナーとして初受賞。ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章を受章。2006年『ニューズウィーク』日本版にて、「世界が尊敬する日本人100人」に選出。庭園デザイナーとしての主な作品に、カナダ大使館、セルリアンタワー東急ホテル日本庭園など。

撮影■小倉雄一郎

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