【来た……、仰天の会計が……】
様々な国での一人飲み、現地人とのグループ飲み、出会った旅行者と飲みに行く…何度もそういった経験をしてきたなかで、危ない橋を渡りかけたこともある。しかし、その都度、自分の機転で切り抜けてきたという自負があった。今回もアウトになる前に離脱できると思っていたのだが、結果、それは底が抜けていた自信であった。
店内は、何人かの女性たちがサーブをすることもあるが、ガールズバーやキャバクラのような、露骨な「お水感」はなかった。価格帯も『ビール一杯300円』と許容範囲であったため、当初の予定通り、私はビールを3杯ほど飲み干した。
その間ロキは、店の女性と楽しそうに会話をしていた。私はというと、店内でけたたましくPSYのカンナムスタイルが流れたときに、ロキを元気付けるために、仕方なく踊ってやったくらいである。あのサウンドを耳にするたびに、悪夢がよみがえるくらいだ。心から二度と聞きたくないと、今では反省している。
滞在時間は90分ほどだっただろうか。お会計をお願いすると、二人で約30万円という伝票が運ばれてきた。「あ、こっちだったか…」。それが私の感想だった。心のどこかで想定していた。だからなのか、自分でも驚くほどに冷静に「明細を見せてほしい」、そして「お金はない」と店に伝えた。
ロキはというと、まったく抵抗することもなく現金で15万円を払っていた。こうなると金額以上に、ロキから宿を教えてもらったことが不安を駆り立てた。ジタバタするのはよろしくないと判断し、被害を最小に食い止めるにはどうするべきか考えていると、マフィアだと名乗る黒服が登場した。フォーク片手の恫喝まがいの詰問は、まるでプロレスラーのアブドーラ・ザ・ブッチャーのようだった。
【マフィアに両脇を抱えられた末の珍事】
手元にあった現金を失うことを避けたかった私は、あれこれ話をした結果、街中にあるATMからクレジットカードでお金を引き下ろしてみることにした。もちろん引き落とすつもりはない。あわよくば、その隙に逃げ出す。しかし、宿がバレている手前、考えるための時間稼ぎでしかないことも分かっていた。ATMに連れて行かれるまでの私は、FBIに両脇を抱えられる宇宙人のようだった。
「まるで宇宙人みたいだね」と口にしたが、ギロリとした目で睨まれるだけだった。どうやっても逃げられない。渋々、ATMにクレジットカードを入れる。海外へはキャッシング枠をあえて低めに設定しているカードを持っていくため、引き落とし限度額を超えている(使用不可)と表示される。当然そのことを知っている私だったが、「なんで引き出せないんだ!」とATMを叩いて怒りのポーズをあらわにしてみた。
名演。だったのかもしれない。だからなのか、カードが出てこなかった。そこに居合わせた全員が「?」になる。嘘のようなホントの話。何をどうやっても出てこない。「これは一大事だ…警察を呼ぼう…」と伝えた私だが、連中はそんなことをされれば困るに違いない。
「でも、これしかカードはないから払えなくなるぞ。とにかく警察を呼ばせてくれ! 俺のカードが吸い込まれたんだ!!」と街中で怒鳴ったところ、人目やその後のことを気にした連中はなぜか無罪放免とばかりに私を開放してくれた。
助かった。イスタンブールでカードが吸い込まれる確率は知らないが、九死に一生を得たとはこのこと。一見近代的な大都市に見えるが、不完全な部分も多々あるようで、オリンピック開催に何度も頓挫する背景が少し分かったような気がする。それ以上に、今回の自分のミスを肝に銘じなければいけないだろうが。死地から脱した私だったが、後日、旅の資金源であるクレジットカードの利用停止依頼をしたことで極貧旅行になってしまったのは言うまでもない。
結局、カードは吸い込まれたまま戻ってきてはいない。