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2014.02.04 07:00  週刊ポスト

メキシコ五輪得点王・釜本邦茂氏が1967年の日韓戦を振り返る

 新宿区と港区にまたがる場所に立つ国立霞ヶ丘陸上競技場が、老朽化のため7月に解体される。陸上競技場ではあるが、多目的競技場として50年以上にわたる歴史をもち、幾多の名勝負がみられた場所でもある。なかでも1967年10月7日に行われたサッカーの日本対韓国戦は、翌年のメキシコ五輪銅メダルへの序章として、今でも語られる名勝負だった。

「それまでサッカーの試合で国立競技場が満員になることはなかったから、この試合のことは特に記憶に残っている」

 こう語るのは、メキシコ五輪で得点王となり、銅メダル獲得の偉業に大きく貢献した、釜本邦茂氏(69)である。

 雨が降るなかで行なわれたメキシコ五輪アジア地区予選の日韓戦は、負ければ予選敗退がほぼ決まるという全勝対決だった。

 日本は、前半2点をリードしたが、後半に入り韓国に2点を返され同点とされる。その後、釜本氏のゴールで勝ち越すものの、またもやすぐに韓国に追いつかれてしまう。

「ゴールを決めたときの歓声は、雨の音が消えるほどだった。ただ、同点にされた後の残り時間は本当に辛かった。雨で最悪のグラウンドコンディションと、負ければ終わりという状況の中で、経験したことのないプレッシャーを感じた。

 韓国のシュートがバーをかすめた時にこだました、6万人の溜め息は忘れられない。何とか引き分けることができたという試合だったけど、負けたら銅メダルもなかったわけだからよかったよ」(釜本氏)

 日本サッカー界において、最も価値のある引き分けだったといっても過言ではないだろう。

※週刊ポスト2014年2月14日号

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