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シューマッハ氏生還させた脳低温療法 有効性疑問視論文存在

 昨年末のスキー事故で昏睡状態になっていた元F1王者のミハエル・シューマッハ氏(45)を生還させた「脳低温療法」が注目を集めている。患者の体温を下げ、脳の温度を32~34度の低温状態で管理して脳の回復を促す治療法で、有効性が話題になる一方で、問題点も指摘される。

「患者の身体を冷やしすぎると、心臓の機能が落ちたり、致命的な不整脈を起こす危険もある。免疫力が低下するため、感染症にもかかりやすくなる。24時間体制で治療に当たらなければならず、この療法を施せる条件が揃う病院は限られてしまう」(香川県回生病院の関啓介・救急センター長)

 また、金銭面では一部を除いて健康保険が適用されず、1日あたり30万円かかるケースもある。

 最も大きな問題はエビデンス(証拠)が不明確であることだ。近年の学術論文では、有効性を疑問視するものが複数発表されており、〈低体温療法を施した患者群と標準療法を施した患者群の生存退院率は同等、退院時の神経学的状態も低体温療法群に改善は見られなかった〉と結論づけたものもある。

「奇跡」は脳低温療法を行なった結果起きたのではなく、何もしなくても起きていたのではないか、という医師も少なくない。

 病院サイドは画期的な成果を実感しながら、なぜ科学的な検証がなされていないのか。脳外科の権威として知られる林成之氏が語る。

「基礎医学の先生たちから、患者をこの治療法を使う群と使わない群に分けて検証すべきだ、と何度もいわれてきました。しかし、私たちは患者と向き合う救命救急医療の臨床家。すべての患者の命を救う可能性に全力を注ぐべきだという考えから、そういった検証はできませんでした。

 しかしながら、社会復帰が絶望とされる頭部外傷の場合でも、重症度にもよるが、4割程度の患者を社会復帰させられるまでになっている」

 一般的にこの治療法を受けるハードルはまだ高い。とはいえ、最近になって維持管理の手間やコスト面の負担が少ない装置の開発が進み、脳低温療法の取り入れを検討している医療機関も徐々に増えているという。

 シューマッハ氏の回復が1つのエビデンスになるか。現役時代のニックネーム「ターミネーター」のごとく完全復活する日を、ファンも医学界も見守っている。

※週刊ポスト2014年7月11日号

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