〈毛人(ケビト)〉と呼ばれるウルクとカヒィたち〈海渡り〉は言葉や姿形も確かに違う。
「でも両方、日本人の祖先なんですね。未知のものに対する恐怖から他国を見下し、ネトウヨ的言動に走る人々と、残念ながらそこは何も変わっていません」
だから荻原氏は恋を描く。実は発掘現場ではもう1体、渡来系の弥生人と見られる少女の人骨が、隣の少年に手を伸ばす形で発見されていた。香椰は思う。〈歴史は恋がつくっているのだ〉と。
「実は縄文小説を書こうと思った時、最初に浮かんだのがこの2体の人骨が並ぶシーンでした。この物語の前にも後にも歴史は続く。恋もすれば戦もする人間としてこの先をどう生きたいか、考えるのは僕らです」
スリリングな陽の色の獣との格闘シーンや〈鳥の巣に卵(たぶん)〉〈冬穴の中のムジナ(とてものんき)〉等々、縄文人の頭の中を覗くような造語(!)も出色だが、非力な人間が知恵を絞り、何百、何千の夏や冬を生き延びてきた足元に立ち返る時、覚えるのは自信と畏れだ。未知への恐怖に徒(いたずら)に戦(おのの)くことなく、この先も綿々と生を繋ぐこと。おそらくそのために、本書はある。
【著者プロフィール】荻原浩(おぎわら・ひろし):1956年埼玉県生まれ。成城大学卒。広告会社を経てコピーライターとして独立。1997年『オロロ畑でつかまえて』で第10回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2005年『明日の記憶』で第18回山本周五郎賞を受賞。著書は他に『ハードボイルド・エッグ』『誘拐ラプソディー』『さよならバースディ』『あの日にドライブ』『四度目の氷河期』『愛しの座敷わらし』『砂の王国』『家族写真』等。映画化作品も多数。164cm、58kg、A型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2014年7月25日・8月1日号