一男と九十九は大学の落研で出会った。高座では名人ぶりを発揮する九十九も普段はどもりがちで〈い、一がないと、ひゃ、百にはならないんだ〉と言っていつも一男と一緒にいた。卒業後にベンチャー企業を立ち上げ大手に売却した彼の資産は数百億と聞くが、実は連絡を取るのは卒業旅行先のモロッコで遭遇したある事件以来15年ぶりだった。
だが九十九は特に気にするでもなく一男を迎え入れる。そしてタワービルの部屋で乱痴気騒ぎを繰り広げた翌朝、前触れもなく姿を消した。消える前に九十九は一男に言った。〈君はお金のことを何も知らない〉と。
九十九は聞いた。〈君は、お、お金が好きかい?〉もちろん好きだと答えると、彼は〈君は一万円札の大きさを知っているかい〉と言って各紙幣のサイズや重さを「寿限無」さながらに諳んじ、こう結論づけた。〈つまるところ、君はお金が好きじゃないんだ〉〈自分の体重や(中略)好きな女性の誕生日は気にしているのに、毎日触れているお金の大きさや重さを君は知ろうともしていない〉〈むしろ君はお金を悪者にしてきたんだ〉
「僕も一男同様、この小説を書くまではお金のことを何も知らなかった。でも小説を書きながら、自分の知らない自分=九十九がお金のことを教えてくれているような瞬間がありました。それが小説を書くことの醍醐味でもあります。
僕らはお金がない状態なら知ってるけど、有り余る状態は億男に聞くしかない。実際、億万長者を100人以上取材し、怪しげな億万長者セミナーにも通って、僕なりの答えは書いたつもり。受け止め方は人によって違うと思いますが」