「カクノ」を実際に握ってみると丸みを帯びたやさしい感触だ。全体は樹脂でできていて、ボディの部分は六角形。
「実は子どもたちの手に馴染み易いように、鉛筆を参考に設計しています。また、ペン先に近いグリップ部分はなだらかな三角形で、親指、人差し指、中指が自然に正しい位置にフィットするよう、微妙なへこみをつけました」
「カクノ」を手にとるだけで、正しい持ち方や使い方へと指が誘導されていく。キャップにも微妙なへこみがあり、そこをつまめば力を入れなくても気持ちよくキャップが外れる。商品の「形」「デザイン」の中に、無言で使い方を伝える仕掛けが潜んでいる。ペン先には何やら細い線が。目を凝らすと、それは「顔」だった。
「初めて万年筆を使う方にも正しい向きがわかるように、ペン先に笑顔マークをつけました」
つまり、顔が見えるように持てばいい、ということ。そうした細かい作り込みが随所に発見できる。「カクノ」という商品の醍醐味だろう。
発売してみると、またまた想定外のことが見えてきた。
「子ども向け万年筆と謳いつつも、実際のユーザーは若い女性が多いようです。複数購入して、インクの色のバリエーションを楽しむ、という方もいらっしゃいます」
世は空前の美文字ブーム。文字は人柄を表わすとかで、「美しい文字」は女子力アップの強力アイテム。「万年筆を使うと字がうまく書けそう」と考える女性も多いとか。「カクノ」は時代の波に乗った。
デジタル化によって、手書きの機会も時間も激減してしまった。それがむしろ、「書くこと」へのこだわりを生み出した。コスト削減の折、会社から支給される事務用品も減ってしまった。だが、それがかえって、「自分で買うのならばこだわって選びたい」という欲求に火をつけ、万年筆への関心が高まっていった。
手触り・アナログ感への渇望。手先を使う道具への希求。そこへ、斬新なデザイン性や、使い方を誘導するユニークな設計思想等が融合して、今や文房具は「スモールラグジュアリー(小さな贅沢)」とも表現される独自の領域に。デスク上やカバンの中に愛する小さな道具をしのばせることが究極の贅沢。「カクノ」のヒットは期せずして、そんな時代と波長をぴたり合わせたところに生まれた。
※SAPIO2014年12月号