そのあたりから三人の仲が良くなって、画面の中の雰囲気も馴染んでいきましたね。僕が監督に怒鳴られてフリーズしちゃうと、ちっちゃい声で「落ち着け、落ち着け」って言ってくれたりしました。
ラストシーンの撮影も思い出深いです。黄色いハンカチがたなびいていて、健さんが歩き出すのを僕らが見送る。台本には「若者の目に涙」とあって、こちらも「よし、泣いてやる」と思っていました。
ところが、いくら待っても空が晴れない。山田監督もカメラを回さないんです。健さんが歩き出して、僕らがフレームに入る。向こう側に真っ青な空。その構図に妥協しないんです。数日待っているうちに、僕は油断して近くの家のストーブで温まっていました。でも健さんは「気持ちが切れるから」と現場を離れない。
で、やっと五日目に雲が飛び始めたんですが、今度は僕の涙が一滴もでてこない。中止の連続で気持ちが上がらなくなったんです。
そしたら、健さんが察してくれまして。クルっと振り返って「長い間、世話になったな。今度は東京でのセット撮影があるから、戻っても気持ちを切るなよ」「お前たちとのロケはこれで終わりだけど、楽しかったな」って言うんです。もう泣ける、泣ける。
初めての映画撮影でしたが、健さんには本当に助けられました。
●取材・構成/春日太一(映画史・時代劇研究家)
※週刊ポスト2014年12月5日号