■助産師大国オランダの真実

 それでも、日本では“自然のままがいい”という信仰を改めないまま助産師による分娩が推進されている。

 厚労省と日本看護協会は医師不足を補うために2009年から総合病院内で産科医ではなく助産師が自立して正常分娩を行なう「院内助産所(院)」と、助産師が妊産婦の健康診断や保健指導を行なう「助産師外来」の設置を奨励し、同省や各自治体は病院の改装費に補助金を出す制度をつくった。

 同省は将来的には、正常分娩は原則すべて助産師に任せ、産科医は帝王切開などリスクのある分娩だけを行なう昔のような「お産の分業」制度を目指しているとされる。繰り返しになるが、その動機は医師が足りないことと、医療費を抑制したいことであり、赤ちゃんや母親のためではない。

 それは世界の流れに逆行している。

 先進国ではオランダがリスクの低い分娩は助産師、ハイリスク分娩は産科医が担当するという分業を早くから行ない、3割が助産師による自宅出産を選択している。オランダの助産師は会陰切開、縫合などの医療行為も認められている。完全母乳育児も推奨され、生後1週間では8割が実施(1か月後は54%)、カンガルーケアも推奨されている。

 日本の助産師の間では「理想」とされる仕組みをとっている国の一つだ。

 ところが、同国のユトレヒト大学医療センターは、満期産で生まれた3万7735人を比較し、助産師管理で分娩を開始した低リスク妊婦から生まれた赤ちゃんは、産科医の管理で分娩した高リスク妊婦の赤ちゃんより、2.33倍も周産期死亡率が高いという調査結果を2010年に発表した。

 この研究はオランダの周産期死亡率が欧州の中で高いことから原因を探るために行なわれたもので、報告書には、

〈この研究結果は、リスク選択に基づく2つの産科医療というオランダの産科システムがかつてのように有効ではないかもしれないことを示している。ことによると、ほとんどの欧州諸国より高いオランダの周産期死亡率が、いくつかある要素の中でとくに産科医療システム自体によって引き起こされているかもしれないことを意味している〉

 として、助産師にお産を任せるシステムの見直しを提起しているのである。

 そもそもカンガルーケアや完全母乳はWHOとユニセフが、衛生状態が悪く医療体制が整っていない途上国の赤ちゃんを守るためのケアとして推進し、「国際助産師連盟」や連携する「世界母乳育児行動連盟」が先進国への普及に力を入れた。背景には、

「産科医に奪われた職を取り戻そうという国際的な助産師の復権運動がある」(仲井氏)

 とされる。

 日本ではそれに加えて、産科医不足と医療費抑制のために助産師にお産を任せたい政治的思惑から、他の先進国にはないほど非科学的な“自然なお産信仰”を植え付けようとしている。

 女性の出産年齢が年々上昇し、ハイリスク出産が増える中で、母子を守る制度を戦前に逆戻りさせる政策は、母親にも赤ちゃんにも好ましいものではない。

 当の厚労省が本誌取材で初めて、「カンガルーケアは推奨していない」と明言(責任回避)した意味を、推進派も信じていた人たちもよく考えてもらいたい。(【6】に続く)

<プロフィール>
久保田史郎(くぼた・しろう):医学博士。東邦大学医学部卒業後、九州大学医学部・麻酔科学教室、産婦人科学教室を経て、福岡赤十字病院・産婦人科に勤務、1983年に開業。産科医として約2万人の赤ちゃんを取り上げ、その臨床データをもとに久保田式新生児管理法を確立。厚労省・学会が推奨する「カンガルーケア」と「完全母乳」に警鐘を鳴らす。

※週刊ポスト2014年12月5日号

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