「インドでは先住民の経済的自立を支援するNGOが数多く活動し、実績を上げています。真っ先に貧困解消を目指すのも、見捨てられた貧しい村にナクサライト等の極左武装勢力が入り込み、活動の温床になるから。日本では対ムスリム問題ばかり報道されますが、実は対マオイストの紛争こそインド政府が隠したい内政問題。相次ぐ掃討作戦も根絶に繋がっていない。
そうした中で先住民の生活の向上は政治的な課題でもあり、NGOとはいえ、より緊密に政府に結びついているようです。だが政策に基づいたNGOの活動がときに村の実情とは合わない部分も出てくる。様々な政治的力学の中で犠牲にされやすいのが、ダリット(不可触民)や先住民といった、差別される中でさらに差別されてきた女性たちです」
暴力や誘拐や差別が横行し、一方では〈世界最大の民主主義国家〉やIT先進国の顔もあるインドの今を、本作は多角的に活写する。
「小説を書くにあたっては、題材について実態はどうなのか、徹底して追いかけてまじめに描写しているだけですが、なぜか怖いって言われ…。ホラー書いてるつもりはないんだけど(笑い)。
実際インドに仕事で行かれた方の多くはスラムの悲惨さを目にしてダメージを受けるらしい。そこを横目で通り過ぎるだけの自分に恥や罪悪感を覚えたりもするのですが、ただ人智の限界を見せつけられる中、その不条理に耐えながら一歩踏み出す大切さと難しさを、今回の作品を書くにあたって教えられた気がします」
インドでは現実が神秘、神秘が現実であることを、篠田氏の周到な筆はまざまざと描き出す。その彼方に立ち現われるのは、インドが怖いのではなく人間が怖いという、真理であり謎だ。
【著者プロフィール】篠田節子(しのだ・せつこ):1955年八王子市生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、八王子市役所に勤務。福祉行政や市立図書館立ち上げに関わる傍ら、1985年より小説講座に通う。1990年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞し、市役所を退職。1997年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、2011年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞。近著に『ブラックボックス』『長女たち』等多数。167cm、B型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2015年1月16・23日号