インドの場合、識字率はまだ約74%で、道路、水道、電気などのインフラが整備されていないために自給自足の原初的な営みをしている地域はざらにある。そういう社会では、民衆は未来の安定よりも明日の生活の糧を求めるのが常である。親に収入がないため子供を働きに出し、その稼ぎを収奪して家計を成り立たせている貧困層も多い。
実際、私はこんな経験をしている。2000年代の初めにアンドラ・プラデシュ州のナラ・チャンドラバブ・ナイドゥ首相から連絡があり、私が指導していたマレーシアの「ルック・イースト」や「マルチメディア・スーパーコリドー」計画を同州でもやってほしい、と依頼された。
ナイドゥ首相は地元にマイクロソフトの研究所を誘致するなどしてITの普及に尽力していたが、次の選挙では「私は皆さんにコンピューターではなく、パンと水を与える」というキャンペーンを繰り広げた対立候補に敗れてしまった(現在は州首相に返り咲いている)。民衆は将来の役に立つパソコンではなく、日々の空腹を満たすパンと水を選んだのである。
インドの1人当たりGDPは現在約1500ドルだが、実は1人当たりGDPが1000ドル台から3000ドルに到達するプロセスには高いハードルがある。そのフェーズを今の先進国は経済成長の勢いで割とすんなり駆け抜けたが、インドの場合は政治家たちが貧困層に対してリップサービス合戦を展開するから、それがすこぶる難しい。だから経済は一進一退、もしくは一進二退の状況になりがちだ。
つまり、途上国に民主主義を導入すると、みんなに選挙権を与えたがゆえに経済発展できないという弊害があるのだ。民主主義が生み出す「途上国のジレンマ」である。
※SAPIO2015年3月号