観客とスクリーンの間にその瞬間だけ生じる一回性の現象を、氏は映画と呼ぶ。
「以前、ある年長の作家に聞かれました。『君は本棚を整理する時、まだ読んでない本と読んだ本のどっちを捨てる?』って。僕が当然読んだ本を捨てると言うと、『君は若いな。本当に大事なのはこれから読む本より、既に読んだ本だよ』って。
その意味が今は分かる。同じ映画を観ても観る人次第で全く違う電流が流れたり、昔観た映画が全く新しいものに思えたりもするでしょう。その一回性が映画の魅力で、その役を演じるために生まれてきたような俳優が1人いるだけで観る価値があるし、その監督やスタッフが2度と作れないものを作るからこそ、その映画は素晴らしくなる。
僕はよく“完璧な時間”という表現を使うんですが、監督や役者が果ての果ての極限まで行って得たものを、僕らが受け取るのも一回きり。そこに生まれる完璧な一瞬に僕は出会いたくて、たぶんこれからも観た映画や読んだ本を積み重ねていくんだと思います」
この世に永遠など存在しない。だから一瞬が美しく愛おしい。その事実を否応なく知る大人による大人のための、街から森への映画案内だ。
【著者プロフィール】沢木耕太郎(さわき・こうたろう):1947年東京生まれ。横浜国立大学経済学部卒。1979年『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞、1981年『一瞬の夏』で新田次郎文学賞、1993年『深夜特急第三便』でJTB紀行文学賞、2003年菊池寛賞、2005年『凍』で講談社ノンフィクション賞、2013年『キャパの十字架』で司馬遼太郎賞。「1970年代にスポーツノンフィクションを書き始めて以来、常に自分なりの表現方法を開拓してきた。もちろん、この映画論も」。180cm、65kg、O型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2015年3月27日号