具体的には週2本、月に8本程度の新作を観た上で、今月はこれと思える作品を探す生活を15年間続けた。
「そもそも僕は小1から中3の9年間くらい、伯父が東映の封切館に勤めていた関係で東映の時代劇を毎週観ていた時代があるんですよ。今から思うと、そのお陰で映画の基礎が身についた気がしますね」
その後はアートシアター系の作品に熱中もしたが、「転機は『タワーリング・インフェルノ』でした。そういう時代でもあったのだけれど、難解=高尚、と勘違いしていた僕を友人がこういう映画も見に行こうと誘い出してくれ、そうか、こういう映画を面白いと言えなきゃダメなんだと気づいた。以来観客を楽しませてこそ、という大原則が映画を判断するベースです」
内外の小品から大作までを観続けた沢木氏に、昨今の映画事情はどう映るのか。
「もちろん傑作はあるけど、個人的に印象に残る映画となると、『ローマの休日』であり『アラビアのロレンス』であり、ジャン・ギャバンとアラン・ドロンが共演した『地下室のメロディー』の3本。これに匹敵する名画にこの15年間で出会えたかというと哀しいかな、ノーと言わざるを得ない。
それは僕の感受性が衰えたのか、映画が衰えたのか、その両方かもしれないけど、僕らが若い頃、大江健三郎さんの『万延元年のフットボール』(1967年)が出た時の衝撃は一つの事件だったし、社会に対する発信力や出来事性を、僕の作品を含めた文学や映画や音楽が持てなくなっているのかもしれない。
一方で、いつかこの一本の映画さえあれば他はなくていいとまで思える〈生涯の一作〉に出会いたいという希望だけは、失いたくないでしょう?」