同センターで開かれたガイドライン報告会で、40年あまり胃がん治療にかかわってきた乾純和(いぬい・よしかつ)医師が、
「今後もピロリ菌の未感染者が、バリウム検査を受けるべきと考えますか?」
と問いかけると、作成委員の濱島ちさと室長(同センター・検診研究部検診評価研究室)はこう応じた。
「本ガイドラインでは、逐年(毎年)で胃X線検査(バリウム検査)を推奨しています。はい」
なぜ、臨床医の問題意識とほど遠いガイドラインになるのか。作成委員の顔ぶれを見ると理由の一端がわかる。委員9人のうち、胃がん治療に携わる臨床医は2人だけ。最も多いのは疫学の専門家で5人、残りはがん検診の専門家と肺がんの専門医だ。
その委員たちを調べていくと、多額の研究費を手にするという共通項があることが判明した。
年間予算447億円の厚生労働科学研究費、通称・科研費について厚労省は、〈「目的志向型の研究課題設定」を行い、その上で原則として公募により研究課題及び研究班を募集し、評価委員会の評価を経て、採択を決定します〉とウェブサイトで示している。
しかし、かつて同センターで勤務した東京大学医科学研究所の上昌広・特任教授は「実態は異なる」と証言する。
「厚労科研費は、厚労省から同センターに実質的に差配権が委ねられています。そのため、全国の大学教授や医者たちが同センターに逆らえない構図が出来上がってしまった」
今回の胃がん検診ガイドライン改訂を主導したのは、同センターのがん予防・検診研究センターの斎藤博部長である。
厚労科研費の情報を遡ると、斎藤部長が研究代表者になった『標準的検診法と精度管理や医療経済的効果に関する研究』に、2006年だけで6500万円が支給されていた。斎藤部長の研究班が2015年までに得た科研費の総額は3億6387万円にのぼる。この研究費が潤沢なプロジェクトに、ガイドライン作成委員9人のうち6人が名を連ねていた。
その研究内容には、『精度管理(※注2)』というワードが目立ち、毎年5万人が胃がんで死亡している中で、最もカギを握るピロリ菌に関連した検診の研究は見当たらない。前述の上村医師は疑問を呈する。
【※注2/がん検診における技術や正確性について、全国どこでも同じ水準の医療が受けられるように管理していくこと】
「僕がアメリカで発表した研究は、税金を一切使っていません。なぜあんなにカネが必要なのか不思議でしょうがない」
筆者は斎藤部長に6度にわたって取材を申し入れたが、拒まれ続けている。検診学者たちがバリウム検査を推奨するガイドラインで守ろうとしているものは、巨大ビジネスと化した検診システムではないか。
●岩澤倫彦(ジャーナリスト)と本誌取材班
※週刊ポスト2015年7月10日号