そんな苦境を乗り越えられたのは、堀場氏がモノづくりにかける情熱と好奇心を失わなかったからだ。同社の社是にもなっている「おもしろおかしく」は、堀場氏の生き方そのものだった。
「仕事も遊びも嫌々やっていたら新しい発想は生まれません。今の人たちは『会社のために頑張る』なんて言いますが、自分が何をしたいのかを突き詰めて、本気で楽しまなきゃ人生もったいない。〈わがまま〉でも〈出る杭〉でも構わないと、この会社では言い続けてきました」
「トップスピードで走れるのは40代まで」と、自身は1978年、53歳のときに早々と経営の第一線から引退。長男(厚氏)に社長の座を譲ったが、その後も社内のみならず社外のベンチャー企業育成も買って出るなど、意欲旺盛な若者たちを支援し続けた。
ベンチャー不作時代が続く中、堀場氏の遺志を受け継いだ“突き抜けた起業家”の登場に期待したい。
●撮影/杉原照夫