現在の智弁和歌山野球部はスポーツコースの生徒たちで1学年10人しかいない。私学野球校だと1学年20人はいるので、決めて少数だ。その理由は生徒の進路について責任もってできるのは10人が限界だから、と高嶋監督から聞いたことがある。
また智弁和歌山野球部は、上下関係がきわめて緩いことでも知られる。グラウンドで下級生が上級生にため口をきくのは普通で、甲子園での試合中、ピリッとしない3年生エースにタイムを取った2年生捕手がマウンドまで駆け寄り、
「ここで負けたら俺らまた明日から練習なんやで。しっかり投げろや!」
と檄を飛ばしたこともある。
上下関係が緩いのは、高嶋監督のこんな想いがあるからだ。
高嶋監督は長崎海星高校の出身。当時の野球部では上級生による下級生への暴力が普通に行われていたという。
「下級生がベースランニングの練習するとき、ベースの角で3年生が素振りしてんねん。ちょっとでも膨らんで塁を回ったら素振りのバットに当てられる」
グラウンド近くに防空壕のあとがあり、そこに連れ込まれて殴られる下級生も多かった。一緒に入部した同級生たちが瞬く間に減っていった。
「だから自分が監督になったとき、私は絶対、あんな野球部にせえへんと誓った。今でも甲子園に来て上級生が下級生に洗濯させたら帰すぞ、といってあります」(高嶋監督)
少数精鋭、驚異的な打撃力、緩い上下関係など、高嶋監督が高校野球界に与えた影響は大きい。監督の勇退は、名将の不在だけに止まらず、そういう「視座」が高校野球界から失われることを意味する。とても残念だが、新監督に就任予定とされる喜多隆志氏は同校OBで、何年も前から時間をかけて「幹部候補生」として高嶋監督が育ててきた人物だ。期待したい。
高嶋さんの趣味は奥さんと一緒にする3年に1度の海外旅行だった。「3年に1度」の理由を訊ねると、貯金箱にお金を入れる仕草をしながら、「毎月、旅行資金を積み立てるんや」と仰った。そして、
「次はオーロラを見に行きたいんや」
と笑った。
この話を聞いてから3年以上たつ。もう、オーロラは見に行かれたのだろうか。