「新年祝賀の儀」で彬子さまが着用されていたティアラが話題に(時事通信フォト)
天皇皇后が皇族や三権の長らから新年の祝賀を受ける、皇室にとって年頭恒例の重要な儀式である「新年祝賀の儀」が、1月1日に皇居・宮殿「松の間」で執り行なわれた。
女性皇族はローブ・デコルテにティアラという正装で臨んだが、なかでも注目を集めたのが、昨年三笠宮家の当主となった彬子さまの装いだった。これまで公の場で着用してきたティアラとは異なるデザインのものを身につけており、インターネット上では「見たことがない」「どこのティアラ?」と話題になった。皇室ジャーナリストはこう語る。
「彬子さまがこれまで着用されてきたティアラとは明らかに異なるデザインでした。装飾の雰囲気から、梨本宮伊都子妃ゆかりの品ではないかという見方も出ています」
梨本宮伊都子妃は元佐賀藩主・鍋島家の出身で、1882年、駐イタリア特命全権公使だった鍋島直大の次女としてローマに生まれた。「イタリアの都の子」という意味で「伊都子」と名付けられたという。戦後、梨本宮家は皇籍を離脱したが、伊都子妃は77年間にわたり日記を綴り続け、自伝『三代の天皇と私』を上梓。皇族きっての“筆まめ”としても知られている。
一方、彬子女王もまた、ベストセラー作家としての顔を持つ皇族だ。英オックスフォード大学での留学生活を綴った『赤と青のガウン』は30万部を超え、その後もエッセーなどを次々と刊行。率直でユーモアあふれる文章が、多くの読者の支持を集めている。
さらに、美術史にも造詣が深く、昨年4月には学習院大学博物館の公開講座で講演。皇族が身につける手袋や帽子をテーマに、皇室の服飾文化が19世紀ヨーロッパ王室の影響を受けながら現代まで受け継がれてきた歴史を解説した。前出の皇室ジャーナリストはこう続ける。
「今年は、梨本宮伊都子妃の没後50年という節目の年にあたります。もし新年祝賀の儀で彬子さまが身につけられたティアラが伊都子妃ゆかりのものであったとすれば、そこには追悼の思いが込められていたのかもしれません。美術史に通じ、伝統文化の継承をライフワークとされている彬子さまだからこそ、このティアラを選ばれたのではないでしょうか」
宮内庁に、彬子女王のティアラが伊都子妃ゆかりの品かどうかを問い合わせたところ、「ご質問のあった内容については、発表していない事項でありますので、回答を差し控えさせていただきます」と答えた。
今年も、皇室ファッションから目が離せない。
