その点、松平定知氏のナレーションは絶妙だ。落ち着いた口調の中に深み、信頼感、静かな抑揚が潜んでいる。噛んで含めるような成熟した響き。そう、NHKの歴史番組「その時歴史が動いた」の、あの口調。
ただの説明ではなくて、いきいきと、言葉が「生きたもの」として伝わってくる。だから、融資に関する経済用語も宇宙技術開発のことも、素直に耳から入ってくる。視聴者が言葉を受け入れ、事情を理解できるのだ。
そうした理由から、池井戸ドラマには特に「上手なナレーター」が必要不可欠になる。きっと思い出される方もいるだろう。『半沢直樹』の時は、元NHK・ベテランアナウンサーの山根基世さんの声が、しっとりと落ち着いて響いていたことを。
真実に迫る、信ぴょう性のあるナレーション。それがドラマの土台をしっかりと支えている。すべて計算されている。ナレーターを選ぶのは演出家や制作陣の仕事。まさに、慧眼だ。
●メディアミックスの新たな挑戦
『下町ロケット』の原作は、第145回(2011年上半期)直木三十五賞受賞作。文庫版を含め累計127万部を超えるベストセラー。これがドラマの前半の物語の土台になる。
では後半は? 続編『下町ロケット2 ガウディ計画』が下敷きになる予定とか。しかも続編は今、朝日新聞で連載中なのだ。ドラマ放映中の11月5日に書籍となって刊行されるという。
つまり、TV放送、新聞連載、出版とがリアルに同時進行する異例のメディアミックス。文字と映像。文学とドラマ。そこに新しい“臨場感”とスリルがいかに生まれるのか。その点も目が離せない。