今回の安倍訪韓は実務訪問ということで昼食会など儀典行事は抜きだった。いずれ公式訪問というのがあるのだろうが、日韓首脳会談の歴史そのものは意外に新しい。日韓国交正常化が65年だったこともあるが、朴槿恵大統領の父、朴正煕も長期政権(1961-1979年)だったのに、大統領としての日本公式訪問は一度もなかった。
初めて実現したのは中曽根康弘首相の1983年の訪韓だった。この時、ソウルには歓迎の日の丸がなびいた。1945年の日本の敗戦以来、初めてのことで感慨深かったが、不思議に日の丸がいたずらされるようなことはなかった。翌1984年、全斗煥大統領がこれまた初訪日して天皇陛下に会い、皇居での宮中晩餐会も行われた。
日韓首脳会談30年史で最も印象深かったのはやはり中曽根訪韓だ。大統領官邸での公式晩餐会の後、バンドを入れて一杯機嫌で“歌合戦”までやっている。軍人政権らしい豪快でざっくばらんな風景だったが、その時、中曽根首相は韓国の人気歌謡曲「黄色いシャツの男」を歌い、全斗煥大統領は韓国演歌のほか日本の軍歌「討匪行」を歌ったと伝えられる。
今からすればすごい風景だが、日韓首脳ももはやそんな“情”が通じる時代ではなくなったようだ。とくに首脳が男女だと酒も酌み交わせない。お互いビジネスライクにやるしかない。
■文・黒田勝弘(産経新聞ソウル駐在客員論説委員)
※SAPIO2016年1月号