「とにかく私は『追い求める』という言葉がべったりついてくるほど追い求める人間だったね。55歳の時には若い女性を求めて、自分の家を出たんだ。
すばらしい人だったよ。求めると応えてくれるから有頂天になってますます求めていったら、2年して、私を放り出した。これから先、頼りにならないと思われたんだろうね。家族からは見放され、恋人も去って、私はかなり惨めな状態に落ちた。
その時初めて、『あまりに求めたから失敗したんだ。求めないことが人間の惨めさを避ける大きな方法なんだ』と身にしみたんだね」
そう言って恋人に感謝し、こう続ける。
「面白いことに、人間は、失うと入ってくるようにできている。老子が失うことを肯定しているのも、そういうことだよ。『なるたけ、あんた、自分を空っぽにしなさい。すると新しいものが入ってくるよ。持っているものを握りしめていると、新しいものは入ってこないよ』とね」
『求めない』が出版された前年には、ヒルズ族と呼ばれた堀江貴文氏や村上世彰氏が逮捕され、金銭や物を貪欲に求める生き方に疑問が呈されていた。
「“足るを知る”という老子の思想から生まれた加島さんのメッセージが、当時の世相に合っていたのでしょう。求める心を少しだけ抑えれば人生が楽になるという教えは、今でも心に響きます」(前出・担当編集者)
〈求めない──すると君に求めているひとは去ってゆく
求めない──すると君に求めないひとは君とともにいる〉
自然を愛し、言葉を愛し、人間を愛した人生だった。
撮影■高橋あい
※週刊ポスト2016年1月29日号