◆中国人観光客が消える?
前述のように、中国は2005年に反国家分裂法を制定している。台湾が独立を宣言した場合、「台湾独立派分子」に対して「非平和的手段」を取ることを合法化した凄まじい法律である。
親中政策を押し進めてきた馬英九の国民党から、台湾の主権獲得を目指す民進党に政権が移ったことで、この法律が俄かに注目を集めている。専門家はどう見ているのか。
かつて国民党中央党史委員会の主任委員(閣僚級)を務めた政治学者の陳鵬仁氏は、国民党側の立場から、こう分析する。
「中国が非平和的手段を用いる可能性は、米国との衝突を生むから少ないと見ています。それよりも経済的な面で、色々な方法をとってくるでしょうね。中国への輸出で台湾は非常に優遇されていますが、それが消されて他の国と同様の扱いを受けるようになる可能性があります。
台湾の輸出は、対中国が全体の40%を占めていますから、これが打撃を受けると台湾経済は危ない。それに中国からの観光客。年間400万人という中国の観光客は、パスポートではなく、通行証の発行を受けてやって来ています。ここを“締めて”くるわけです」
あっという間に、町から中国人観光客の姿が「消える」可能性があるという。
「台湾の若い人は、理想論に走りますが、経済に影響が出てくると失業者が増え、自分たちの就職もままならなくなる。台湾には“土不能吃”という言葉があります。土は食べられない、つまり背に腹は代えられない、という意味です。
私は、蔡英文政権は半年ほどで支持者に幻滅されると思います。失業者は新たに50万人ほど増えるのではないでしょうか。4年後には、そんな失望の下、国民党が政権を奪還すると予想しています」
国民党側は、蔡女史のお手並み拝見ということらしい。しかし、これほど強烈に示された「ひとつの中国」への拒否反応が今後、変わることがあるのだろうか。私の心に残ったのは、民進党本部で出会った60代の本省人男性のこんな言葉だ。
「今後、国民党が選挙に勝つようなことがあれば、それは、“台湾がなくなる”ことを意味します。つまり中国に呑み込まれる。台湾は、独自の研究開発能力を生かし、いわゆる“キーテクノロジー”を発展させてきました。これを今後、より大きく発展させられるなら、中国に依存することなく、台湾経済は自立できると思います」
台湾では、「キーテクノロジー」という言葉が、台湾の独自性を象徴する技術という意味でよく用いられる。1990年代、台湾は緻密さと手先の器用さを駆使して、半導体や精密電子機器等の分野で世界をリードし、外貨準備高で世界一を誇っていた。
しかし、中国との経済的な繋がりが深まれば深まるほど、技術は流出し、その「特徴」が失われてきた。逆にいえば、中国依存が強まると共に「技術立国・台湾」が衰亡してきたことになる。