後日、再び脱走を試みた慰安婦には死の制裁が待っていた。日本兵は逃げ惑う彼女たちを銃剣で殴打し、大きな壕の中に蹴落として次々と射殺。折り重なった遺体には油が撒かれ、無残に焼き払われた。
映画の終盤では、軍上層部から「慰安所関連の証拠隠滅」を命じられた日本人将校が、生き残った少女たちの処刑に踏み切ろうとするシーンも登場する。一列に跪かされ、恐怖に震える少女たち。日本兵がその後頭部に銃口を突き付けたまさにその瞬間、突然現れた「朝鮮独立軍」の奇襲により現場は大混乱に陥る。
戦闘が続く中、チョンミンは将校に撃たれ死亡。間一髪でその場から救出された少女は、自分だけが生き延びたことを、生涯、悔やみ続けることになった──。
以上が映画『鬼郷』の粗筋だ。非業の死を遂げたチョンミンの魂を故郷に戻す儀式など、映画ならではのエッセンスも加えられているが、制作サイドはあくまで「実話に基づくストーリー」であることを強調している。
韓国での公開に先立ち、『鬼郷』は全米各地で上映会が行われ、1月30日にはアメリカのニュージャージー州の映画館でも試写が行われた。会場には、米国初の慰安婦碑を建立した同州パリセイズパーク市のジェームズ・ロタンド市長が招かれ、「映画が完成して嬉しい。日本の安倍総理は、旧日本軍の行為と過ちを認め(韓国に)金を払った。今後もできる限り力を貸したい」と、韓国サイドへの支援を明言した。
約150人収容の会場はほぼ満員。在米韓国人に交じり、映画を鑑賞していた米国人に話を聞くと、「怒りと悲しみが込み上げた。
少女を焼いたシーンはあまりにショッキングで忘れることができない」(40代男性)という声がある一方で、「日本軍の行為は残酷で恐ろしく、慰安婦の証言が嘘とは思えない。だが、韓国人が自分の娘を業者に売ったケースもあるはずだ」(50代男性)、「日本兵の行為は非人道的だが、この映画で日本に嫌悪感を持つことはない」(50代女性)と、比較的、冷静な声が多かった。
舞台挨拶に立った趙監督は小誌の直撃取材に、 「こんな事は二度と起こって欲しくないという気持ちで、映画を作りました。日本の皆さんにも観ていただきたい」
とコメントしたが、2月5日付の『朝鮮日報』では、「(慰安婦問題を)『ユダヤ人虐殺のような犯罪』として見てほしい」とアピールした。明星大学戦後教育史研究センターの勝岡寛次氏が語る。
「映画では日本軍と慰安婦の関係が大きく歪められ、ナチスのユダヤ民族に対する扱いと同様に描かれています。趙監督は『慰安婦被害者を韓日間の問題や政治的議題にしようというものではない』と語っていますが、明らかに映画を利用した“政治的プロパガンダ”の一種。映画の上映会が行われてきた全米各地で、慰安婦像や慰安婦碑建設に一層の拍車がかかることは間違いありません」
この映画は、慰安婦問題を「最終的かつ不可逆的に解決」した日韓合意の意義を踏みにじるものではないか。
※SAPIO2016年4月号