さらに、中国では企業の労働争議ばかりでなく、軍内でも「手当や年金の不払い」問題が起きているから深刻だ。全人代の開幕に合わせて、軍の元兵士ら2000人が2月下旬、北京に集結し、中央軍事委員会ビル前の広場で集会を開き、「未払いの給料や年金を払え」などと気勢を上げた。これほど多くの元軍兵士が未払いの手当などを要求してデモを行うのは前例がなく、今回が初めてとみられる。
米政府系ラジオ「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」によると、彼らのなかには軍服のうえに、赤字で「★傷残軍人」と書かれた襷を首からかけている者もおり、病気や訓練中の負傷のため除隊を余儀なくされたものの、傷病手当や年金、給料などが未払いになっているという。
このような不満を持つ除隊兵士らが連絡を取り合い、中国全土を網羅する全国的な組織を結成し、今回の抗議行動のために、上海や成都、湖北、広東、貴州省など全国各地から北京に集まったのだ。しかし、今回集まったのは全体から見ればほんのわずかで、全体で数万人規模に上るという。
北京の外交筋は「いわば、彼らは鄧小平が導入した改革開放路線の犠牲者といえる。鄧小平は『一部の人、一部の地域が先に豊かになることによって、最終的に(国民全体が)ともに豊かになることができる』という『共同富裕論』を説いたが、国民の大半は豊かになる前に老いてしまっている。そのような人々がいま、社会の底辺で抗議の声を上げており、中国が抱える矛盾は今後、先鋭化することが考えられる」と指摘する。
【プロフィール】そうままさる:1956年生まれ。東京外国語大学中国語学科卒業。産経新聞外信部記者、香港支局長、米ハーバード大学でニーマン特別ジャーナリズム研究員等を経て、2010年に退社し、フリーに。『中国共産党に消された人々』、「茅沢勤」のペンネームで『習近平の正体』(いずれも小学館刊)など著書多数。近著に『習近平の「反日」作戦』(小学館)。
※SAPIO2016年5月号