手術直後は顔が腫れ上がってしまったが、やがておさまり、部分入れ歯の煩わしさから解放された日々を送っていた。そして、手術から10年経った今年1月。歯科用鏡で自分の歯をよく見ると、インプラントに装着した6本のセラミック製人工歯が欠けたり、穴ができたりしているのに気付いたのだ。
「驚きましたよ、欠けた部分にはネジの頭が見えているんです。半年に1回のメンテナンスに通っていたのに、歯科衛生士は何も教えてくれませんでした。
歯科医に抗議すると、“そんなの当たり前です。毎日使っているんだから車のタイヤと同じで摩耗します”といわれました。手術前は確かに一生持つといっていたし、インプラントが壊れると説明されなかったので茫然としました」
この歯科医を信用できなくなってしまった元音楽教師は、別のインプラント専門医の看板を掲げる歯科医を訪ねた。
「随分と若い先生でした。壊れている人工歯を交換することは可能だけれど、仮歯が必要で40万円かかると。だから、いっそのこと全部交換を勧めるといわれました。費用は100万円だそうです。10年でこんなにお金がかかるなんて、どうすればいいのか……。今は、本当に後悔しています」
まさに“歯科難民”だ。この元音楽教師のように、残った歯を抜いてインプラントに誘導されるケースは、決して珍しくない。インプラントに装着する人工歯は摩耗や破損は避けられないが、手術前にしっかり説明せずにトラブルとなるケースが増えているのだ。
歯科医はインプラント、入れ歯、ブリッジなどの選択肢を示しながら「歯を抜きましょう」と聞いてくるが、その先に何が待つのか、必ずしも十分に説明されているとはいえない。
●レポート/岩澤倫彦(ジャーナリスト)
※週刊ポスト2016年7月15日号