スポーツ

「監督はペテン師でないと。俺なんか五重人格」と小出義雄氏

「駆けっこを取られたら死んだほうがいいと思ってやってきた」

 日本中が歓喜に沸いた1日があった。今から16年前、シドニー五輪でQちゃんこと高橋尚子(当時28歳)が見せた軽やかな走りとゴール後の笑顔は、今でも日本人の記憶に刻まれている。その高橋を育てた小出義雄監督(77、佐倉アスリート倶楽部)に会ってきた。リオ五輪直前とあってスポーツ熱が高まるなか、名伯楽の口から漏れ出るのは、日本陸上界への悲観と叱咤と、自らの大いなる夢だった。

 * * *
 小出の練習メニューは量が破格だ。追い込んで追い込んで、疲労がピークに達したとき、さらに追い込む。走らせる基本は褒めることだ。

「僕は怒ったことはないよ。何やってんだ、根性ねえなと言ったら、選手はやりません。言葉は凄く大事。Qちゃんが苦しい時こそ、『いい走りになったなぁ、いい顔してんねぇ』って。そうすると嬉しいから、もっと飛ばすんですよ。練習に出て来たときの顔を見て疲れてるなと思っても、やれ! とは言わない。『もし、この練習をやったら五輪で勝てるかも知れないよ』と言うとやるんです。監督はね、ペテン師じゃなきゃダメ。俺なんか、二重人格どころじゃない。五重人格だよ(笑)」

 選手を褒めて乗せる好々爺──。だが、それだけでは小出という指導者を見誤ってしまう。高橋から聞いたこんな興味深い話がある。

「監督は本当に褒めてくれます。でも、『いいよ』と言っていてもメモ帳には『今日の高橋は最悪だ』と書いていたり、他の人に話していることもある。それに耐えられなくてやめていく選手もいた。監督が本当はどう思っているかを考えて、自分でやらないといけないから精神的にも厳しい。豪快さを装っていますけど、凄く緻密な人です」

 笑いながら選手を断崖絶壁に追い込む人──それが実像である。褒める裏には徹底した厳しさがあるのだ。

「選手には日の丸つけて走るんだぞと言っても、他の連中にはアレは素質ないなと言うこともある。そんなのは平気だよ。そこに反発して強くなる子もいるの。要はね、どんな手を使ってでも走らせりゃあいいんだ。全ては結果の勝負だから。プロだもん。情で走ってるわけじゃないんですよ」

 静かに話す表情は気迫に満ちていて、背筋が寒くなるような凄みがあった。

関連記事

トピックス

全国でクマによる被害が相次いでいる(AFLO/時事通信フォト)
「“穴持たず”を見つけたら、ためらわずに撃て」猟師の間で言われている「冬眠しない熊」との対峙方法《戦前の日本で発生した恐怖のヒグマ事件》
NEWSポストセブン
韓国のガールズグループ「AFTERSCHOOL」の元メンバーで女優のNANA(Instagramより)
《ほっそりボディに浮き出た「腹筋」に再注目》韓国アイドル・NANA、自宅に侵入した強盗犯の男を“返り討ち”に…男が病院に搬送  
NEWSポストセブン
ラオスに到着された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月17日、撮影/横田紋子)
《初の外国公式訪問》愛子さま、母・雅子さまの“定番”デザインでラオスに到着 ペールブルーのセットアップに白の縁取りでメリハリのある上品な装い
NEWSポストセブン
ドジャース入団時、真美子さんのために“結んだ特別な契約”
《スイートルームで愛娘と…》なぜ真美子さんは夫人会メンバーと一緒に観戦しないの? 大谷翔平がドジャース入団時に結んでいた“特別な契約”
NEWSポストセブン
山上徹也被告の公判に妹が出廷
「お兄ちゃんが守ってやる」山上徹也被告が“信頼する妹”に送っていたメールの内容…兄妹間で共有していた“家庭への怒り”【妹は今日出廷】
NEWSポストセブン
靖国神社の春と秋の例大祭、8月15日の終戦の日にはほぼ欠かさず参拝してきた高市早苗・首相(時事通信フォト)
高市早苗・首相「靖国神社電撃参拝プラン」が浮上、“Xデー”は安倍元首相が12年前の在任中に参拝した12月26日か 外交的にも政治日程上も制約が少なくなるタイミング
週刊ポスト
相撲協会の公式カレンダー
《大相撲「番付崩壊時代のカレンダー」はつらいよ》2025年は1月に引退の照ノ富士が4月まで連続登場の“困った事態”に 来年は大の里・豊昇龍の2横綱体制で安泰か 表紙や売り場の置き位置にも変化が
NEWSポストセブン
三重県を訪問された天皇皇后両陛下(2025年11月8日、撮影/JMPA)
《季節感あふれるアレンジ術》雅子さまの“秋の装い”、トレンドと歴史が組み合わさったブラウンコーデがすごい理由「スカーフ1枚で見違えるスタイル」【専門家が解説】
NEWSポストセブン
俳優の仲代達矢さん
【追悼】仲代達矢さんが明かしていた“最大のライバル”の存在 「人の10倍努力」して演劇に人生を捧げた名優の肉声
週刊ポスト
10月16日午前、40代の女性歌手が何者かに襲われた。”黒づくめ”の格好をした犯人は現在も逃走を続けている
《ポスターに謎の“バツ印”》「『キャー』と悲鳴が…」「現場にドバッと血のあと」ライブハウス開店待ちの女性シンガーを “黒づくめの男”が襲撃 状況証拠が示唆する犯行の計画性
NEWSポストセブン
全国でクマによる被害が相次いでいる(右の写真はサンプルです)
「熊に喰い尽くされ、骨がむき出しに」「大声をあげても襲ってくる」ベテラン猟師をも襲うクマの“驚くべき高知能”《昭和・平成“人食い熊”事件から学ぶクマ対策》
NEWSポストセブン
オールスターゲーム前のレッドカーペットに大谷翔平とともに登場。夫・翔平の横で際立つ特注ドレス(2025年7月15日)。写真=AP/アフロ
大谷真美子さん、米国生活2年目で洗練されたファッションセンス 眉毛サロン通いも? 高級ブランドの特注ドレスからファストファッションのジャケットまで着こなし【スタイリストが分析】
週刊ポスト