日本では古来、名主や村長を務めるような村の名家は特別に「参り墓」を設けて墓参りをしたが、庶民の家にはそんな墓はなかった。
代わりにあったのが、墓石の建てられない「埋め墓」だ。土葬の時代、遺体は村の共同墓地に葬られるのが普通だった。
この時代、参り墓を持たない庶民が行なう供養は、仏壇や位牌堂が中心で、「当時は、家や寺以外にあるお墓を訪れ、墓前に手を合わせるという風習は庶民にはなかった」(島田氏)という。
これが変化したのは戦後になってからだ。かつてほとんどの日本人は自分の生まれた土地で一生涯を過ごした。
だが、高度成長期に人々が都会に出て生活するようになり、生まれ育った場所を離れるようになって初めて、“故郷”という概念が生まれた。
「この時、都会から田舎に帰省した人が、“わざわざ里帰りしたのだから、先祖のお墓参りをしよう”と考えるようになった。“故郷”の出現によって、“墓参り”という、それまでの日本になかった奇妙な文化が生まれたのです」
ところが現在は少子高齢化や未婚、核家族化が進み、家族の力が弱体化した。それに伴い、多くの人にとって、先祖や親の墓を守ることが肉体的にも、財政的にも大きな負担となったと島田氏が指摘する。
「今は霊園の管理料を滞納する人が増え、寺の住職の話では、きちんと『檀家をやめます』と申し出る人は少数で、突然、墓の持ち主の家族と連絡が取れなくなり、墓が無縁化するケースが増えているそうです。もはや“親の墓を捨てる”ことは親不孝者によるレアケースとは言えない。
これまでの故郷の墓を守るという“常識”に囚われていては身を滅ぼしかねません」
※週刊ポスト2016年9月2日号