実は伊藤は、トライアウトを受ける前に、釜石の被災地を訪ねている。そこで伊藤は言葉を失った。神戸の震災以上の光景が、そこには広がっていた。多くの半壊した建物、沿岸部深くまで乗り上げた船……。
「緑色の大きなピラミッドがいくつもありました。近づいて見ると、瓦礫の山でした。瓦礫が長い間放置されていたせいで、草が芽吹いていたんです」
あれから5年。
「神戸の仮設住宅は、5年でなくなりました。でも釜石にはまだあります。復興は道半ばです」
だからこそラグビーで盛り上げたい。伊藤の気持ちは、真っ直ぐだ。
「3年後、日本でラグビーW杯が開催されますが、開催地のひとつは、ここ釜石なんです。去年のW杯の日本対南アフリカ戦は、試合を観ながら号泣しました。あの感動をもう一度、再現したい。代表に呼ばれたら? もちろん、48歳の体で駆けつけます!」
◆いとう・たけおみ:1971年生まれ。東京都出身。法政二高でラグビーを始め、法政大学を経て神戸製鋼(コベルコスティーラーズ)に入社。1994年度の日本選手権7連覇、1999年・2000年度の日本選手権優勝など主力選手としてチームに貢献。24歳から日本代表に選ばれ、キャップ数は62を数え、1999年、2003年にW杯出場。2012年、神戸製鋼を退団してトップイーストの釜石シーウェイブスに入団。9月10日に開幕する今シーズン、トップリーグ昇格を目指す。
撮影■渡辺利博 取材・文■角山祥道
※週刊ポスト2016年9月9日号