長屋の住民から託された路銀の5両を品川の賭場で早々にスっておいて、〈しかし庶民の金を貯める力は恐ろしい〉と嘯く辰五郎は、なるほど相当なダメ人間だ。そもそも大事な金を増やして使おうとする魂胆からしてダメだが、親に捨てられ、見世物小屋に拾われた彼に、唯一優しくしてくれたのが〈ガマの油売りのおっちゃん〉と博打だった。〈世間と違って、賽の目はいつも裏切らなかった〉〈大尽にも貧乏人にも目は公平に出る〉
「僕にもパチスロで食っていた時期があって、その分博打打ちの心理はリアルに書けたかもしれない。あとは実家がペット屋だったもので、『超高速!』の猿とか、動物もわりに得意分野です。
今作の翁丸は妻の妹の犬がモデルで、それこそ書かずにはいられないくらい面白い駄犬なんです。そんな時、伊勢の代参犬の存在を知り、加齢臭だとかスルメだとか、やたら臭いものが好きなダメ犬に大役を担わせる構想が浮かびました。
一方では辰五郎みたいなダメ人間の物事を遊ぶ力が、意外とこれからは大事なんじゃないかとも僕は思っていて、江戸の三大娯楽〈園芸、釣り、文芸〉のうち、彼が三吉に教える釣りも、実は僕自身の趣味です」
ひとまず当座の金を調達しようと品川神社の賽銭箱に近づいた辰五郎。そこで出会った首に巾着を提げた犬と、柄杓を持った少年に人々が自ら寄進する光景を見て、辰五郎は〈犬と子供、すげえ!〉と舌を巻き、その集金力にあやかるべく道案内と同宿を買って出る。
それでも宿賃は高くつき、〈三人ならどうだ〉〈家族連れなら安くなる〉といって母親役を探す彼らは、折しも六郷川で入水寸前だった女・沙夜に出会う。助けたはいいが、〈あなたに私の何がわかるんですか〉と言い募る彼女に辰五郎が返す言葉がいい。
〈興味ねえしなぁ。だが、一つだけわかってることがある。あんたは今、簡単に死ねないほどツキがねえんだ。ここはあきらめて次の勝負にしな〉そんな嘘のなさに沙夜は何も言えず、粗末な夕食に箸をつけるのだった。
〈腹が膨れりゃ大抵のことはどうでもいいことさ〉という言葉通り、優しく、そのくせ子供な辰五郎の弱点は、博徒の職業病〈痔〉だ。これが後半、肝心な緊迫の場面におかしみを添える。