「この小説は、父親と母親それぞれの視点で進みます。息子を大事に思っているのは同じでも、事件の捉え方、考え方は違う。ただ、対照的に見えても、そこにはそれぞれ葛藤が生じ、変化も起こります。そんな複雑な心理を、どう表現すればいいかということに悩み、執筆の体感時間がいつもより何倍にも感じられました。
両親や妹〈雅〉にすれば規士が犯人でも被害者でも救われず、各自守りたいものが違うだけで、誰の望みも正しいわけです。しかもマスコミが押し寄せる中、受身を強いられた一家の揺れ動く心理を、僕自身息をつめて拾っていきました」
一登自ら設計した自慢の家に一家4人が暮らす石川家。規士は練習中の事故でサッカー部をやめて以来、塞ぎがちだが、有名私立をめざす中3の雅と仲もよく、一登たちは子供たちと何でも話し合ってきたはずだ。
しかし夏休みのある日、規士は顔に痣を作って帰宅し、数日後、今度は貴代美が彼の机からナイフを発見する。ナイフは一登が預かるが、その後、家を出た規士は〈いろいろあってまだ帰れない〉とメールを寄越したきり、姿を消したのだ。
折しも市道に乗り捨てられた車から男の死体が発見されたとニュースは報じ、夫妻は警察に相談。しかし刑事は被害者〈倉橋与志彦〉との関係を一方的に訊ね、規士を疑う風ですらある。
「警察が何も教えてくれない一方、報道やネットには噂話の類が流出する。子供の詳細な交友関係まで親も把握し切れていないし、被害者か加害者かも分からない状況下にあっては、自分たちが動いて真相を探るというのも無理があります。ただ見守るしかない中で、少しずつ表に出てくる情報に一喜一憂する。その静かな揺れ動きをドラマとして捉えることができればと思いました」