「わが子を悪者にしてまで守る理不尽さは自覚しつつ、その壁を突き崩すほど覚悟した人間は『こんなことを言うのか!』と周囲がたじろぐシーンを書くのが、たぶん僕は好きなんです。その豹変すら厭わない凄味にドラマを感じるし、特に女性は強いと思います」
心理描写と言うは易しだが、それを雫井氏は具体的なシーンや台詞で形にする。そして通り一遍な解釈から零れ落ちたまだ見ぬ感情に言葉を与えるのも、小説家の仕事だと言い切るのだ。
「実人生ではなかなか出会えない新しい感情に出会うことも、僕は一種のエンターテインメントだと思う。人間は一つの感情で括れるほど単純じゃないし、その初めて知る感情が読む人の経験になれば、僕らが書く意味もあるのかなって」
つい自分ならどうか、と思わずにいられない本書は、身を捩るほど過酷な経験を読む者に強いる。だが読んだ前と後では明らかに何かが違い、自己愛も家族愛も全て曝け出した彼らの残像がいつまでも脳裏にこびりつく、今季最大級の収穫だ。
【プロフィール】しずくい・しゅうすけ/1968年愛知県生まれ。専修大学文学部卒。出版社勤務等を経て、2000年に第4回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作『栄光一途』でデビュー。2005年『犯人に告ぐ』で第7回大藪春彦賞。同作は週刊文春ミステリーベスト10第1位等に輝き、映画化もされた。他に『虚貌』『火の粉』『クローズド・ノート』『ビター・ブラッド』『犯罪小説家』『銀色の絆』『検察側の罪人』『仮面同窓会』等、ベストセラーや映像化作品多数。160cm、56kg、A型。
●構成/橋本紀子
※週刊ポスト2016年10月14・21日号