2014年10月に最も進んだステージのすい臓がんが発見され、余命数か月であることを自覚している医師・僧侶の田中雅博氏による『週刊ポスト』での連載 「いのちの苦しみが消える古典のことば」から、地蔵菩薩の「笑いの真言」について田中氏が解説する。
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四半世紀以上前、ある企画でアルフォンス・デーケン教授と対談しました。デーケン教授は実存哲学者でカトリック神父、上智大学で死の準備教育を専門にしていました。お会いすると、私よりもきれいな日本語で、死の苦しみを緩和するユーモアを話されました。
デーケン教授は常に「私が死ぬときには、この綺麗なお目々を人にあげる。だからアイバンクに入っている。腎臓も人にあげる。だから腎バンクにも入っている」と言っていました。
そして、それを聞いた人に「デーケン先生はアイバンクと腎バンク、つまり“アイ腎(愛人)”バンクに入っているんだ」と言われたという話を続けます。デーケン教授は、これは冗談ではなく、ユーモアだと言います。「〇〇にもかかわらず笑う」というのがユーモアなのだそうです。
死の苦に直面している人に笑いの贈り物をするのは簡単なことではありません。西洋にはユーモアという伝統があるとのことですが、日本にも笑いの贈り物をする文化があります。それは、死神である閻魔の「笑いの布施」です。
数千年前に中央アジアの遊牧民だったアリアン民族は、次第に移動してインドとヨーロッパに侵入し、インド人と西洋人の共通の祖先になりました。そして、閻魔の由来はアリアン民族の死神なのです。閻魔は「最初に死んだ人間」とされ、死ぬことを教え、死者の道案内をする神様でした。アリアン民族の末裔であるドイツ人のデーケン先生は、死の教育者である閻魔の仕事を現代の日本で実践していることになります。