公園などに放置される車両よりも悲惨な末路をたどった車両もある。昭和40年代後半、各地で走っていた路面電車は次々に廃止に追い込まれた。現在、路面電車が走っている都市は20ほどしかないが、当時は多くの都市で路面電車が活躍していた。
それらが一斉に廃止・撤去されたのだから、大量の路面電車の車両が廃棄物と化した。いちいち解体していたら、その費用は膨大になる。直面した課題を解決する案として、路面電車は海に沈められることになった
1971(昭和46)年、和歌山市内を走っていた南海電鉄の路面電車は全廃した。その車両は漁礁として和歌山市沖に沈められている。
和歌山県農林水産部水産振興課によると「路面電車を漁礁として海に沈めたことは事実だが、当時の職員は残っておらず、書類も見当たらないので詳細は不明」とのことだった。
また、和歌山市農林水産部農林水産課は「市内には漁港が5つあり、そのうち雑賀崎漁港で路面電車を沈めたという話は聞いている。ただし、これらは市の事業ではなく、漁業組合が引き取ったようなので市に記録はなく、年配の組合員に聞いても詳細はわからなかった」と言う。また、沈めた車両は漁礁として機能しているのか?水質に異変をきたしていないのか?といった調査も特にしていないという。
現在では行われていないが、路面電車を漁礁として海に沈めることは和歌山市のみならず、全国で推奨されて断行されていた。当時の国会では、水産庁職員が「漁礁として市電を海に沈めている」旨の答弁をしているほどだ。
第2の人生を漁礁として期待された路面電車たちは、いまも海の底で眠っている。海に沈んだ路面電車たちは、哀しいことに歴史からも葬られつつある。