11月12日。私はテアトル新宿に足を運んだ。目当ては監督や主演声優(のん)らが勢ぞろいする初日舞台挨拶。試写会で感動した評論家や著名人たちの前評判に押されて、すでに夜の回まで満席、立ち見が出る始末である。私は平均的な日本人よりも遥かに年間、劇場に足を運んでいる方だが、終映後万雷の拍手が鳴りやまない、奇跡的現象を初めて体験した。
「戦争や平和」などというお決まりの文句で表現される先の戦争には、死者にも生者にも、ひとりひとり、名前のある人生があった。そこには当然、現在と変わらない恋や喜び、そして悲しみと怒り、慈しみと反目、そして日常の工夫が存在していた。こんな当たり前のことを、『この世界の片隅に』は忘れてはならない、と静かな口調で私たちに迫る。
8月15日で「戦前」と「戦後」に、年表上分断される日本。しかし、14日と16日は、変わることなく継続している。そして、その継続の先に、私たちの現在がある。
軍民合わせて300余万の「名も無き人々」が死んでいった、と軽々にあの戦争が表現されている。数字的には事実だが、彼らにはきちんと名前があった。名前のある、それぞれの人生を生きる人々の当たり前の風景を、本作の片渕須直監督は、まるで鋭利なとぎ石のように、1カットも無駄にせず画面の中に入れ込んでいく。
【プロフィール】ふるやつねひら●1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。主な著書に『左翼も右翼もウソばかり』『ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか』。最新刊は『草食系のための対米自立論』。
※SAPIO2017年1月号