◆犬とマウスで脳神経の結合に成功
これについても、カナベーロ博士は自信を見せている。すでに韓国、中国、米国の研究者らとともに脊髄を取り付ける方法を見つけ、昨年の初めには犬の手術で90%の脊髄を脳の神経繊維と結合させたことを、英科学雑誌『ニュー・サイエンティスト』で報告。また、マウスの実験では、その技術によって50%が成功したという。カナベーロ博士はこの結果に「われわれの道が正しいことを約束するものである」と語っている。
以前英国の生物医学老年病学者が「老化の解明と克服により人間の寿命は1000歳以上になる」との学説を発表し話題になった。頭部移植手術の成功は「寿命1000年」を実現するための革新的な出来事になるかもしれない。
英ガーディアン紙のインタビューによると、博士は一昨年2月には長年勤めてきたトリノの病院から雇用契約を打ち切られた。その後、中国のハルビン工業大学とハルビン医科大学が研究を支援。後者はかつてマウスの頭部移植実験を行い、1日とはいえ体を動かすことに成功した実績がある。そのサポートにより手術実施への目処がついた。手術には150人もの医療スタッフと1500万ユーロ(約18億4000万円)もの費用が必要だが、カナベーロ博士は今年12月の実施を目指しているという。
手術後、患者は3~4週間ほど昏睡状態におかれ、電気刺激によって神経の接合を促進される。意識を回復した後は集中的なリハビリを行い、1年程度で歩行も可能になる予定だ。
カナベーロ博士が同紙に「月面着陸をはるかに超える偉業になる」と語るとおり、患者の手足が動いた瞬間に、全世界が騒然となることは間違いないだろう。
医学博士の中原英臣氏は、頭部移植の技術が確立された場合の問題を危惧する。
「『人権や人格は頭部の人間、胴体の人間のどちらのものか』、などの『人間とは何か』という根源的な問題が発生します。また高額な費用により技術を、権力者や富裕層が占有するかもしれません。頭部移植はこれまでの倫理を超越する問題です。医学はそこまで必要なのか、どこまでを限界とするかを真剣に考えたほうがいいのかもしれません」
カナベーロ博士は倫理的な問題についてカナダ紙の取材に「毎日、ただただ死にゆく患者がいる。私がやらねばどうなりますか」と答えた。
固唾を呑んで、朗報を待ちたい。
※SAPIO2017年2月号