母の死後、家事を担ってくれた姉や父親への挨拶もそこそこに実家を出た勇は、新幹線と在来線を乗り継ぎ、B県の武山市に降り立つ。その車中、声をかけてきた酒屋の店主は、勇がJ1の内定を非行の噂が元で撤回された事情をなぜか知っていた。彼こそは武山FCのサポーター兼手弁当で情報を収集する、通称〈イサクのおっさん〉だった。
さらに到着早々、練習に合流した勇に、〈相変わらずの俺様サッカーだな〉と、声をかける者がいた。かつて少年時代にFWを争った〈江藤亮兼〉、通称リョーケン。父親の転勤でB県に移った彼は高校卒業を待たずに武山と契約、現在ワントップとして活躍中らしい。他にも元Jリーガーの〈大野〉や海外経験者の〈橘〉、ブラジル人と韓国人のCBコンビ〈ココ〉と〈李〉らが顔を揃える中、勇は監督の〈赤瀬〉からボランチへの転向を打診される。
社長が大口スポンサーを務める〈武山マート〉に職を得た勇は、ホームゲームでは裏方を務めるパートの〈咲田さん〉や元ヤンの〈葛西さん〉、サポーターの溜り場の店主ら、町の人々の熱気に圧倒されてゆく。
「僕もおらが街のチームが気になって仕方ないサポーターの心理が少しわかってきたんですが、会場の外で切符切りや物販を担当する町の人たちは肝心の試合が観られないんです。それでも裏方を買って出るのは地元民の鑑だと思いますし、JFLの試合は子供が多いのもすごくいい。わが街の英雄と日常的に会えたり、試合の後はサッカー教室があったり、彼らが本当に羨ましいくらいです。
一方で縦割行政の垣根を取っ払って物凄く盛り上がっているところとそうでないところがあったり、運営の巧拙が強さや資金力とは別次元で人気と直結したりもしている。武山FC自体は架空ですが、勇たちを支える町の空気は、結構リアルだと思います」