中でも答えがないのが、母親を突然事故で亡くした勇と、予め死期がわかっていた病身の息子を亡くした咲田の、悲しみの深さだ。むろんそこには比較自体が存在しない。本書は勇が周囲の人々が秘めた苦悩を知り、母の死すら1人で背負おうとした独り善がりな自分を乗り越える成長譚でもある。つまり表題の〈Heads up!〉〈顔上げろ! 周り見ろ!〉は、何もサッカーに限った話ではないのだ。
「これは本書の裏テーマというか、実は震災後、僕の周囲でも似たことがあって。もちろん『誰々が死んだのは自分のせいだ』なんて、子供が思っていたら全力で否定しますよ。そんなの誰の責任でもないし、いくら考えてもどうにもならないって。
ただどんな形であれ愛する者を失った悲しみは消せない中で、互いの境遇を想像し、言葉をかけ合いながら前に進む経験を、勇にはさせたかった。本当は正面から書くべきなんでしょうけど、僕は臆病なのか、サッカーを通じてしか書けなかったんです」
握り飯にまつわる苦い悔恨や、非行の噂の元凶ともなったある嘘を乗り越え、選手としても成長する勇や愛すべき面々の闘いぶりは、胸を熱くすること必至。
〈サッカー脳とでも言うのかな? こいつは厄介なことに、一生涯、成長をやめない〉と赤瀬が言うように、選手生命には限界があっても彼らのサッカー愛は永遠だと確信できる、笑いあり涙ありの社会的青春小説である。
【プロフィール】みつば・しょうご/1968年岡山市生まれ。岡山商科大学卒業後、広告代理店に就職。3年で退社し、肉体労働等、職を転々。2002年『太陽がイッパイいっぱい』で第8回小説新潮長編新人賞を受賞しデビュー。同作の文庫は第5回酒飲み書店員大賞にも選ばれ、『厭世フレーバー』『タチコギ』『公園で逢いましょう。』『路地裏ビルヂング』『Junk』等、着実に支持を獲得。昨年公開の映画『グッドモーニングショー』のノベライズも話題に。173cm、65kg、A型。
■構成/橋本紀子 ■撮影/三島正
※週刊ポスト2017年1月27日号